名著で知る人類の知の歴史 バチカン図書館との交流も紹介 印刷博物館

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名著で知る人類の知の歴史 バチカン図書館との交流も紹介 印刷博物館

 2000年の創設以来、国内外の印刷の歴史や文化、技術の進歩の過程などをさまざまなテーマで展示している印刷博物館(東京・文京区)で7月20日まで、企画展示「名著誕生展 ヴァチカン教皇庁図書館Ⅲ+(プラス)」が開催されている。同博物館の中西保仁さん(55/学芸企画室・室長)に、30年にわたる同館とバチカン図書館との文化交流や協力関係、本展示の見どころなどを聞いた。

印刷博物館の中西保仁さん
 バチカン図書館との交流の歩み

 同博物館の運営母体は、総合印刷会社であるTOPPAN(トッパン)ホールディングス株式会社(以下、TOPPAN)。2000年に創業100周年を迎えるに当たり、同社では社会貢献のための活動として文化施設を造る準備が進められていた。
 中西さん含む社員4人が準備に携わっていたが、4人とも博物館運営は初めてだった。そこで「先輩方」に教わろうと、世界中の文化施設に「2000年に総合的に印刷を扱う公共的な施設を開設したいので、いろいろと教えてほしい」という趣旨の手紙を送ったのだという。これに答えた施設の一つがバチカン図書館だった。
 1997年、中西さんたちは同図書館を訪問。あいさつとともに、当時、TOPPANが持っていた「高精細デジタルアーカイブ」(貴重資料の高精細デジタル化)技術を紹介した。
 やがてバチカン図書館から、所蔵資料のデジタル化の相談が入る。同図書館は、15世紀にドイツのヨハネス・グーテンベルクが活版印刷で印刷した西洋初の印刷聖書であり、現在は世界で49部しか残されていない「グーテンベルク聖書」を3冊保有していた。「旧約と新約の上下巻2冊、1308ページをほどいて製本し直すタイミングで、写真を撮ってTOPPANに送るので、それらを『高精細デジタル画像』にしてほしい」との依頼だった。
 最初の技術協力である「グーテンベルク42行聖書プロジェクト」によって完成した300枚余りのCD-ROMは、中西さんらがローマに届け、寄贈式も行われた。以来、TOPPANとバチカン図書館の技術協力、交流は今日まで続けられている。

 「+」で三つのプロジェクトを紹介

 企画展示会場で始めに展示されているのは、両館の交流と協力により生まれた「グーテンベルク42行聖書の高精細デジタルアーカイブ」「キケロ・プロジェクト」「オデュッセイア・プロジェクト」の三つのプロジェクトの紹介。
 同館では、2002年に「書物の誕生 ヴァチカン図書館展」、15年に「書物がひらくルネサンス ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ」を開催し、バチカン図書館から貸し出された資料を展示している。3回目となる今回の展示タイトルに付けられた「+」の意味を、中西さんはこう説明する。
 「過去2回とも、印刷博物館とバチカン図書館との文化交流に関する展示はしませんでした。(交流と協力の成果が蓄積されたこともあり、貸し出された資料の他に)今回は成果をきちんと見せようということで、タイトルに『+』と付けて紹介することにしました」
 交流のきっかけになった「グーテンベルク42行聖書の高精細デジタルアーカイブ」のコーナーでは、米国・ニューヨークの図書館の所蔵本から画像の提供を受けて、バチカン所蔵本に欠落していた8ページ分を、デジタル上で「完本」(全てのページがそろった完璧な形)にしたことが説明されている。
 バチカンからの協力要請で2005年に始められた「キケロ・プロジェクト」は、「パリンプセスト」(羊皮紙に書かれた中世ギリシャ語の写本)の消された文字を解読し、デジタル資料化するもの。羊皮紙は貴重だったため、使い終わると果物の果汁をかけるなどして書かれた文字を消し、再利用されていた。現存するパリンプセストを肉眼で見ると、最上層の文字の下に、ところどころ消し残された文字が見えるものがある。
 それまではパリンプセストに硫酸をかけた時に現れる文字を、手で筆記して読み解く研究方法が取られていたため、パリンプセストが傷むことが避けられなかった。
 そこでTOPPANでは、パリンプセスト専用スキャナーを開発。紫外線を照射することで、肉眼では見えない文字が浮き出て見える。「多いと4階層になっています。(それぞれの層を)色分けして読み解くことができます。現在でもバチカンで使われていて、4号機まで開発しました。専用のソフトウェアも」
 この技術によって2023年、マタイによる福音書の一部が見つかった。現在の聖書で、「…弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた」(マタイ12・1)と書かれている箇所は、3世紀のパリンプセストには「手でもみながら食べた」と書かれていたことが、オーストリアの研究者によって報告されている。
 これまでに「4万ページのスキャンが終わって、(スキャナーは)今でも順調に動いているそうです」。
 「オデッセイア・プロジェクト」は2020年に発足した共同プロジェクト。日本の「くずし字」をAIに学習させて読み解く技術を応用したもので、17年に中西さんらがバチカン図書館に提案しに行った。中世ギリシャ語テキスト100万文字をAIに学習させ、現在のギリシャ語に翻訳する技術だ。
 中西さんは「現在の解読精度は90%です。バチカン図書館とは、精度を95%までに上げようということで双方が了解しています」と話し、そのためにはさらに相当数の文字をAIに覚えさせる必要があると考えている。
 

「+(プラス)」部分に当たる展示
 展示の見どころ

 今回の展示では、バチカン図書館所蔵の『プラトン著作集(『ソクラテスの弁明』を含む)』、『物の本質について』、『禁書目録』など8点を含む、66の「名著」が紹介されている。 本展示では「名著」の条件を、「社会に強烈なインパクトをあたえた」、「ほかの創作活動に影響をあたえた」などの六つの条件のうち一つ以上に該当するものとしている。
 中西さんは「(展示している)名著は多岐にわたり、人類の知の歴史が分かります。作品で言うとバチカン図書館からお借りした8点全て見どころがあります。『名著』の軸でいくと、近代の望遠鏡や顕微鏡の発達、(活字で)数式が組めるようになって科学が発達したことが現代につながっているところ、そして印刷・出版の発展も知ることができます」と話す。
 例えば、物理学者であり天文学者、ガリレオ・ガリレイの『天文対話』(明星大学所蔵)、科学者ロバート・フックの『ミクログラフィア』(印刷博物館所蔵)を紹介するコーナーには、それぞれ望遠鏡と顕微鏡のレプリカも展示。
 グーテンベルクの活版印刷術が発達し、活字と出会って人は初めて「老眼」を認識するようになる。中西さんは、レンズを研磨する技術が向上し、望遠鏡、顕微鏡だけでなく、老眼鏡も使われるようになったと説明した。
 また、「神は死んだ」とキリスト教を批判したフリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』(バチカン図書館所蔵)の展示も。中西さんは今年4月、来館した同図書館のジャコモ・カルディナリ副館長に、「キリスト教を批判した著者の資料を所蔵する理由」を聞くと、副館長は笑顔でこう答えたと言う。「人文主義(ヒューマニズム)に関わるものは基本全て、バチカンは否定しません」
 今回の展示は中西さんにとって6回目の担当であり、チャレンジだと話す。「(各時代の)印刷の工夫に、著者の思いが乗っている、という大きなダイナミズムが感じられるのではないでしょうか」

『物の本質について』(バチカン図書館所蔵)。
下の部分に、教皇シクスト4世を生んだデッラ・ローヴェレ家の紋章が入っている。
北イタリアで1483年、教皇に献呈するために制作されたものとされる
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