教皇、バルセロナで祈りの集い 心に傷を負った人々の声を聴く
【バルセロナ(スペイン)6月9日OSV】教皇レオ14世はバルセロナ訪問の初日の6月9日、リュイス・コンパニス・オリンピック・スタジアムで、うつ病、家族のトラウマ(心的外傷)、信仰の問いを抱える若者たちの個人的な証しに深く聞き入った。そして数万人の群衆に、神の存在が最も遠く感じる時でさえも、神は苦しむ人々を見捨てないと力強く語った。
会場は、バルセロナ港を見下ろすモンジュイックの丘に建つ1992年の夏季オリンピックが開かれたメイン・スタジアムで、5万5000人以上の収容規模がある。教皇がパパモービレ(教皇専用車)でスタジアム内を巡り、赤ちゃんを祝福するたびに歓声が湧き起こった。その後、数人の青年たちからの質問に答えた。その質問の中で語られた話には、人生の中で最も困難な時を経験したいくつかのエピソードが披露された。
中でも最も心が痛むエピソードは、カルミナという名の若い女性から語られた。何年にもわたりうつ病に苦しみ、自殺を図ったこともあったという。その彼女は、「闇が絶対的に広がり、これ以上耐えられないと思うとき、どこで神が見いだせるのでしょうか」と、教皇に尋ねた。 教皇はまず、彼女がこのイベントに参加したことが「驚くべき奇跡です」と言って、彼女を抱きしめた。
「心を動かされました」と教皇は述べ、「あなたが今ここに私たちと共にいること、そして主があなたに与えた第2のチャンスを受け入れる強さを、あなたが見いだしたことに心が動かされました」と答えた。
「イエスとの触れ合いを通して、喪失感にさいなまれている人々でさえも、人生に自信を取り戻せます。そして病は癒やされて、再び立ち上がって生きることができるのです」
教皇は、キリスト自身がどのようにして、最もつらい人間の苦しみに立ち向かっていったのかを説明するために、福音のゲツセマネの園と十字架につけられる場面の記事を用いた。
「その暗闇の中、イエスは十字架につけられて死が近づく中で、私たちの痛みを分かち合い、私たちの悲しみを背負い、私たちと共に苦しみ、私たちの涙を流し、愛といつくしみに満ちた現存のうちに私たちのそばに寄り添ってくださる神のいつくしみ深いみ顔を私たちに現してくださいました」
人間の闇に向き合い、光を探す
教皇は苦しんでいる人々に、その苦しみを一人で抱えないよう励ました。「苦しいときはできる限り、私たちが簡単な祈りを口にできるよう助けてくれる人や、その苦しみを説明することをせかさずに、思慮深く寄り添ってくれる人や、手を取ってその悲しみから引き上げてくれる人に自分の心を開いてください」と助言した。
教皇は精神的な病を抱える人が増えていることについて、「健全なバランスを損なわせる圧力、期待、緊張に人々をさらす、『進歩』というある種の概念に大きな問題があることを示すしるし」と呼んだ。
「この隠然と広まり、若者たちも苦しんでいるこのような病に、優先的に取り組む医療制度が必要です」とも訴えた。
終わりの言葉の中で、教皇は「私たちは、人間であるが故の闇に向き合うよう求められています。私たちは真理を完全に知っているわけではなく、自分自身や他者の真のアイデンティティーの神秘を深く理解していません。私たちを囲む現実や私たちの目前に広がる出来事の隠れた真理をいつも理解できているわけでもありません。私たちは行く道を照らす光を求めているのです」と述べた。
そして「暗闇のまっただ中にいたとしても、私たちは神と他者を探し求め、問い、対話を持つことを諦めてはなりません」と付け加えた。

