イエス様のご受難と十字架上の死に、イエス様を守れずに、最後までついていけなかったふがいなさに弟子たちは絶望しました。
全てを諦めていた二人に、イエス様は近づかれます。「あなたたちが話していることは何のことですか?」と。イエス様は全てを分かった上でこのように声をかけ、しばらく様子をうかがっています。対照的に「わたしたちはあの力ある方に望みをかけていたが終わった」と悲しそうに話す二人。さらに「仲間が墓にあの方の遺体がないと言い、神の使いがあの方が生きていると語った」と。弟子たちはそんなことはあり得ないと決めつけています。イエス様は「ああ、まだ信じないのか」と言われ、ご自分について話されます。二人は宿に着いてイエス様に「わたしたちともっと一緒にいてください」と無理に頼みます。イエス様が彼らと食卓に着き、パンを祝福し裂き与えると、彼らは目が開かれます。イエス様は彼らの絶望を取り除いてくださり、彼らの心は燃えて立ち上がり、いるべき場所へ戻って行きます。
以前、入院中の方から「神父さんに会いたい」とのご依頼をいただき、ご聖体と共にお見舞いに行きました。その方は余命を告げられていました。病室に入りあいさつすると、開口一番「俺は死ぬことは何もなか(何の問題でもない)…。ただ、なんで今まで神様のことをちゃんとせんかったんか!(神様のことを大切にしなかったのか!)そんことだけがどおしてもいかん(そのことがほんとに許せない)」と大泣きされ悔やんでおられました。死を前にして自分の人生の中で神様のことを大切にしていなかった…。病気や死よりもそのことに苦しんでおられ、最後に司祭を呼ばれたようです。
「もう、よかよ(大丈夫)。今日はイエス様が来られとるよ(来てくださっている)、お祈りして、ご聖体を頂こうか」と声を掛け、「天にまします、めでたし、願わくは」と祈りを始めました。涙を流して流してご聖体を拝領された彼に「ご聖体はおいしかろ?(おいしいですか?)」と尋ねました。「おいしか」。彼は泣きながら笑顔で答えました。
イエス様は諦めません。その人その人にとって一番のタイミングで近づいて来られます。神様をお示しになり、一人一人にご自身の命を裂き与えてくださいます。
死を前にしても、彼は今日の弟子たちと同じように再び燃え上がり、立ち上がることができました。後日、彼はもう一度イエス様を頂き、神様のところへ召されていきました。
神様を大切にし、神様から大切にされて…。
(寺浜亮司神父/福岡教区 カット/高崎紀子)

