主の昇天 5月17日 マタイ 28・16-20 「どこにおられますか?」

 今日の使徒言行録も福音も、「見る」という言葉がたくさん出ています。お読みになって探してみてください。神様のところに昇られ、姿が見えなくなられたイエス様を、み使いたちは「あの方はおられる」と教えています。そのイエス様はどこにおられるのでしょう?
 20節でイエス様は最後に「わたしが命じたすべてのことを守るように、弟子とした人々に教えなさい」とお命じになられました。

 全て教えたことを守るようにと命じられると、私たちはルールを守ることやこれから何かをしなければならないと考えます。自分が教えを守らなければと考えるだけでなく、人が守っているか、守っていないかを気にしてしまうこともあります。

 イエス様は「ほら、見なさい。わたしは世の終わりまでのすべての日、あなたがたと共にいる」、このことを忘れないでくださいと教えられています。私たちの主であるイエス様は私たちの全ての日、時間に一緒にいてくださる方なのです。

 ここで今から頑張ること、しなければならないことを少し横に置いて、皆さん一人一人の人生の中で「あの時、イエス様が私と共にいてくださったんだ」と感じた経験などを思い出してみましょう。
 私が簡単に思い出せる記憶は、しつこいようですが、山奥に独りぼっちでいた時のタヌキのポン吉との出会いです(本紙2025年9月号10面:10月19日〈年間第29主日〉の福音解説参照。右QRコードから)。
(もちろん他にもないわけではありませんが、その話はまた別の機会に)
 イエス様はインマヌエルと呼ばれ、「神様はわたしたちといつも共に」を大切に教えてくださるお方です。難しい記憶でなく、そういえばあの時、イエス様が一緒にいてくださった。イエス様が一緒にいてくださらなかったら、あれは無理だったというような思い出はありませんか?
 どうしても思い出せない方も安心してください。教会に行ってください。イエス様が必ずおられます。「ほら、見てください」と。

 聖堂に静かに輝く赤いランプとご聖櫃(せいひつ)、十字架。私たちが守ってきた大切な場所、かけがえのない全ての日です。

 イエス様に「ただいま」と声をかけてください。

(寺浜亮司神父/福岡教区 カット/高崎紀子)

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