【サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナ(スペイン)6月12日OSV】スペインへの使徒的訪問の最終日の6月12日、教皇レオ14世は、人身取引加害者、弱い立場に置かれた人を搾取する人々に対し、強く非難し、「今すぐ手を引き」「悔い改め」、償うことを要求した。
教皇はテネリフェ島北部、サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナにあるクリスト広場で、移住者の社会的統合を支援する組織との面会の席で訴えた。
「この広場から、私は明確なメッセージを発したいと思います。人々の絶望を利用し、死につながる移住ルートをつくり、人身取引を行い、身分証明書を取り上げる人々。労働者を搾取し、女性を脅し、家族をだまし、他者の苦しみをビジネスにする人々に告げます。今すぐやめなさい。そして悔い改めなさい!」と教皇は語気を強めた。
「失われた全てのいのち、だまされた全ての家族、支配された全ての体、脅された全ての女性、搾取された全ての労働者のために、あなたがたは神の正義の前で裁かれねばならなくなるでしょう」と警告した。
「鎖を断ち切り、監禁している人を解放しなさい。奪ったものを返し、できるかぎり償いなさい。まだ時間があるうちに悔い改めなさい。なぜなら、神のいつくしみは最も非情な罪人さえにも注がれるからです。けれども、それは真理と正義と回心という狭い門を通してのみ、注がれます」
移住者の一次受け入れ施設を訪問
同日朝、テネリフェ島に到着した教皇は、まず、テネリフェ島北部の山々を見下ろすテネリフェ・ノルテ空港近くにある、移住者を最初に一時的に受け入れる「ラス・ライーセス・センター」で暮らす移住者たちと面会した。
同センターで歓迎を受けた教皇は、2人の移住者の証言に耳を傾けた。2人はより良い生活を求め、大西洋での危険な船旅をするため、家を離れざるを得なかった痛みと苦しみを語った。
フランス語によるスピーチで、教皇は、同日12日は、「全ての人間に対する神のいつくしみと永遠の愛を象徴する」イエスのみ心の祭日に当たると言及し、「皆さんの顔を見て、その話に耳を傾けながら、皆さんの心は――非常に多くの困難に傷つけられながらも――寛容でいつくしみ深い、開かれた心の人々から受けた愛によって癒やされた心だと感じました」。「キリストのみ心も愛故に苦しみ、刺し貫かれましたが、その心もキリストの痛みを癒やした、思いやり深い人々によって慰められました」と述べた。
教皇は「皆さんがカナリア諸島の島々へもたらした、人間性、夢、文化という宝」を分かち合うよう促し、「皆さんに差し出されたものを受け入れるよう心を開いていてください」と励ました。
移住は、「人々の間の出会いと相互に豊かになる機会となるでしょう」と語った。
クリスト広場で移住者と分かち合い
教皇は「ラス・ライーセス」をたち、冒頭の訴えを行ったクリスト広場へ移動した。広場をパパモービレ(教皇専用車)で巡り、集まった約4000人にあいさつし、メインステージへ向かった。ここでも移住してきた人々の話に耳を傾けた。
セネガル出身のンバックさんは、まず教皇に「見て見ぬ振りをしていないこと」に感謝した。「私のように家族もなく1人で島に到着し、やり直す機会を得るためだけに来た若者たちを受け入れてくださってありがとうございます。教皇様、全ての若い移住者の背後には、夢と、祈ってくれる母の姿があり、また新たな機会を得る価値のある人生があることを、世界に伝え続けてください」と願った。
次にコロンビア出身の移住者、タリア・ジョアナ・サルダリアガ・ディアゴさんは、兄弟と共に暮らしていたが、「状況が大きく変わり、住む家を失いました」と語った。
若い移住者を支援するサレジオ会の組織「フンダシオン・ドン・ボスコ」からの支援を受けて、独立し安定した生活を得た後も、「何らかの形で私に下さった愛と支援のお返しを続けています」と語った。
「現在はカリタスのボランティアチームの一員となりました。私の経験が、同じような状況にある人々の架け橋になれると思っています」「心から、また信仰から寄り添うとき、私たちは一歩前へ踏み出せるだけでなく、共同体に貢献し、それを支えることができるのです」
キリストへの愛は行いとして現れる
耳にした証言を踏まえ、教皇は「苦しみ、希望、チャンスを求める」物語を背負い移住者となった人々の経験と、テネリフェ島で移住者を受け入れる人々の姿をスピーチの中心に置いた。
「壁に囲まれていないこの町では、私たちの心も、このような物語を持った人々を迎えるために大きく開くように求められています」「ですから私たちは寄り添いの言葉を学ぶ必要があります。それは、言葉によってよりも、行動によって理解されます」と語った。
キリスト者の愛は、「信じる人の心に注がれた神の愛から流れ出るのです」そして「困っている人々を前にして、信仰は明確になり、キリストへの愛は行いへと変えられます」。
さらに教皇は、社会的統合は「たどり着いた人々の歩みを消し去ったり、その人たちの記憶の一部となっているものを全て捨て去るよう要求したりすることではありません」と忠告した。
そうではなく、「むしろ統合とは、相互に歩み寄る旅路です。やってきた人々は新たな土地で暮らすことを学び、迎え入れる人は、自らのアイデンティティーを薄めることも、出会いに心を閉ざすこともなく、自分たちの家を広げることを学ぶのです」と教皇は説明。
「移住者を受け入れる社会には、たどり着いた人々に対する責任があります」と強調し、到着した人々の尊厳を確実に尊重することで、見知らぬ人も人との絆を再発見し、信頼を再び築き、自身を共同体の生きた一部のように感じることができるのです」
「これは尊いいつくしみの姿です」「何よりも私たちは、神の似姿として創られた人間のことを話しているのであって、法的な区分や管理すべき問題を話しているのではありません」。教皇はカトリック信者に直接語りかけ、社会的統合を単なる社会的な事業とするのではなく、キリストの愛の中心的な証しとするよう求めた。
「福音宣教とは、敬意と謙遜のうちに、私たちの行動と希望を支えるこの宝を分かち合うことです」「喜んで迎え入れる教会は、キリストを押し付けることなく宣言し、同時に貧しい人々の手から福音を受け取る教会でもあるのです」と強調した。


