大分・津久見教会 「みんなのサポートセンター」 地域とつながる多彩な活動 災害対応が土台
大分県津久見市の津久見教会(高橋和希神父/大分教区)は、主日ミサに集う信徒が3~4人の小さな共同体だが、「みんなのサポートセンター」というボランティアグループを立ち上げ、地域に寄り添う活動を続けている。取り組んでいるのは、「みんなの食堂」「津久見困りごと支援センター」「みこころ農園」ほか、居場所づくりなど。その土台となったのは、2017年9月の台風の後、大分教区が津久見教会に設置したボランティア拠点を通じて得た地域とのつながりだ。
2026年度カリタスジャパン定例教区担当者会全国会議(10月21日~22日/大分市)の最終日、希望者を対象に津久見教会を訪ねるツアーが行われ、参加者は同教会の多彩な活動について聞いた。

ティアたち(奥)を紹介する高橋和希神父(右から3人目)
「教会として、何かしなければ」
高橋神父は、津久見教会に一行を迎えると、2017年9月に発生した台風18号による被害を振り返り、その後の教会の取り組みについて説明した。
9年前の台風では9月16日から18日にかけ、大分県をはじめ西日本を中心に河川の氾濫や浸水害、土砂災害等が発生し、5人が犠牲となった。津久見市では津久見川が氾濫し、大きな被害をもたらした。
高橋神父は、同年9月17日にJR津久見駅のホームで撮影された1枚の写真を参加者に見せた。駅は低地にあり、構内には茶色く濁った水が広がっている。ホームは土台部分が水没し、まるで水に浮いた板のようだ。線路は水の底に沈んでいる。
この台風で、教会の建物は床下まで水に浸かり、隣接する幼稚園は床上まで浸水した。被災翌日、当時の教区長、故・浜口末男司教が駆け付け、教区内の司祭、信徒や幼稚園の教諭、また教区の学校法人内の教職員の尽力により園は再開した。近隣には、被害が甚大でしばらくの間、休園を余儀なくされた幼稚園もあった。
高橋神父によれば、津久見は大きな被害を受けたが、高齢の住民が多く、復興作業の担い手が少ない。水が引いた後、高齢者が道路や側溝に堆積した土砂をかき出す作業をしていて、「教会として、何かしなくてはならない」と考えたという。
高橋神父は、被災者支援のための拠点を作ろうと、まず浜口司教と、大分教区カリタス担当の吉田繁神父(同教区)に相談した。2011年の東日本大震災以降、「各小教区が地元の社会福祉協議会(以下・社協)とつながりを持つことが大切」だと思うようになっていた高橋神父は、津久見市社協にも拠点作りについて相談。こうして発災から2週間足らずの9月27日、教会に「ボランティアセンター」(ボランティア宿泊所)を開設した。
同センターは、集まったボランティアを社協のボランティアセンターに派遣するかたちで、翌28日に活動を開始した。
「(宿泊所には)市内外から信者さんが駆け付け、リレー形式で食事作りをしてくれました。信者さんとサレジオ修道会の修道士が宿泊所の管理者として教会に泊まり込んでボランティアに対応し、日本カトリック神学院・福岡キャンパス(当時/福岡市)の神学生も活動に参加してくれました」
津久見教会の同センターの活動は、翌18年5月で終了した。
参加者の延べ人数は、社協の活動への参加が89人、ボランティアのサポートが40人、特産「津久見みかん」の農家等での農業支援が31人で、計160人だった。韓国から留学中の学生、沖縄や関東圏に住む人など、遠方から参加した人もいた。
復興支援から生活の寄り添いへ
高橋神父はまた、津久見教会が同センターを閉じた後、「みんなのサポートセンター」というボランティアグループを立ち上げて行っている、次の五つの事業について紹介した。

が集うⒸ「みんなのサポートセンター」
一つ目の事業は、センター閉鎖から半年後の18年12月、子どもと高齢者の支援のために始めた「みんなの食堂」(コミュニティー食堂)だ。高橋神父は復興支援活動を続ける中で、地元に「貧困家庭や孤独な高齢者が多い」ことに気づいた。「子ども食堂」という言葉をしばしば耳にしていたこともあり、「教会も何かしなくては」と考えたという。
台風後の活動を通して関係ができていた社協の職員に相談すると、「津久見には(『子ども食堂』が)ないので、ぜひ」と歓迎され、始めることになった。
第1回はクリスマス会で、2世帯の8人が集い、楽しいひと時を過ごした。
「みんなの食堂」の開催は月2回で、現在は毎回30~40人が集う。入学式や誕生日を祝い、夏祭りなども開いてきた。
「利用者は(今までの関わりから)、経済状況や家族関係などで困っていそうな、“気になる方”に声をかけて探しています」。この食堂は、大分教区カリタスから食材費などの支援を受けて行い、毎回、社協の職員や市社会福祉課の担当者も参加・協力している。
食事作りには津久見教会はじめ、教区内の信徒や地域の人たちが携わり、けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会、イエスのカリタス修道女会の修道女たちも参加してきた。

から始まったⒸ「みんなのサポートセンター」
二つ目の事業は、社協の協力を得て19年5月に立ち上げた「つくみ困りごと支援センター」。同センターは、要支援の高齢者の中でも特に孤独で、孤立しがちな人たちをサポートすることを目的として、「ボランティアをしたい人」と「ボランティアを頼みたい人」のマッチングを行う。依頼の内容は、掃除、ゴミ出し、電球の交換など多岐にわたる。
三つ目は、22年10月、近隣の土地を借りて始めた「みこころ農園」。ここで育てた野菜は「食堂」や「支援センター」で活用するため、23年4月以降、市と大分教区カリタスから補助を受けて活動してきた。農園は食育の場とするほか、登校拒否や、ひきこもりの人の支援につなげることも目指している。
四つ目は、一人親世帯に食事(弁当)を提供する「親子弁当」。
そして五つ目の事業は、さまざまな事情で避難先を必要とする人のための家「ゆあまいハウス」だ。この施設は、カリタスジャパンからの資金援助で津久見教会の隣にある空き家を改修し、24年10月に開設した。この家は、「食堂」の利用者との関わりや、高齢者の入浴介助にも使う。市役所からの委託で緊急に利用者を受け入れることもある。

と子どもたちⒸ「みんなのサポートセンター」
温かい時間をともに
「みんなのサポートセンター」で活動するボランティアの一人、山本直哉さん(70/津久見市在住)は、津久見教会の「カトリックタイム」の活動について紹介した。
「カトリックタイム」とは、毎週、水曜日と金曜日に教会で開く子どもたちのための居場所だ。小学生や中学生が学校帰りに教会に立ち寄り、宿題をしたり、高校生のボランティアから勉強を教わったり、友達と遊んだりする。
元小学校教諭の山本さんによれば、利用する子どもたちに共通しているのは、経済的・精神的な「貧困」だと言う。
例えば、高校1年生のAさんは、9年前の台風で自宅が床上まで浸水し、親は生活再建のために仕事にかかりきりになった。親から愛情を受ける機会の乏しいまま育ったAさんは今、「さまざまな問題」を抱え、見守る必要を感じる存在だという。
山本さんはまた、現在小学5年生で、小学1年生の頃から関わってきたBさんが、「『カトリック(タイム)』はいろいろな行事をやってくれる。いろんな人と関われる(のが楽しい)」と、自分の言葉で感想を寄せてくれたと、喜びを分かち合った。
「『最も恐ろしい貧困とは、孤独と、愛されていないという気持ち』だというマザー・テレサの言葉がありますが、ここに来る子もそうした気持ちを抱えていると思います。ここで一緒に温かい時間を過ごせればと思っています」

3人目)の話を聞くツアーの参加者たち
津久見教会の活動について聞くこのツアーには、カリタスジャパン責任司教の成井大介司教(新潟教区)、同担当司教の森山信三司教(大分教区)のほか、東日本大震災の被災地で支援活動を行った経験者から成る「カリタスジャパン緊急対応支援チーム」(CJ-ERST/イーアールエスティー)らも参加。
CJ-ERST事務局の漆原比呂志(ひろし)さんは、津久見教会の活動に感嘆し、こう話した。
「東日本大震災以降、日本の教会は被災地にベースを作って復興支援活動を行い、その後の教会と地域の関わりにつなげてきました。一つの小教区であっても、支援活動の拠点を作るところから始め、地域とともに歩んでいくことができるのですね」

全国のカリタス教区担当者たち
これも福音宣教?
「みんなのサポートセンター」のボランティアは、津久見教会の信徒のほか、地域住民、県内他教会の信徒ら8人ほど。その一人、津久見教会の大川澄枝さん(68)は「ボランティアセンター」の頃から活動に参加し、信仰生活が大きく変えられたという。
大川さんは津久見教会で幼児洗礼を受けたが、“信仰熱心”な実母のしつけが嫌で、中学卒業以降は「長年、教会から離れていた」。その後、津久見に住む実母の介護のため、家族を札幌に残して単身、帰郷。津久見教会には「母の送り迎え」で通うだけだった中、2017年に台風が起きた。
「高橋神父様からボランティアの食事作りを頼まれたので、家で作って教会に届けるようになりました。私は料理が好きなので、普段よりも少し多めに作るくらいだから何でもないことでしたよ」
18年に母が亡くなった頃、気づくと「カトリックはいいな」と思うようになっていたという。
そんな大川さんが最近、気になるのは「福音宣教」という言葉だ。
「高橋神父様は(地域の支援ニーズ〈必要〉に気づくと)、『これも福音宣教ですよ』と言って事業の案を出し、私たちボランティアが動いて、進めてきました。でも信者が増えているわけではないので、『福音宣教と言えるのかな?』とも思います。私は教会の活動を頑張っていますが、洗礼を受けていない小学6年生と4年生の孫のことは気に掛けるばかりですし…」
それでも大川さんが「みんなのサポートセンター」に精力的に関わり続けるのはなぜか。それは、地域の人たちとの出会いに心が引かれるから。「愛」を求める子どもたちとの触れ合いの中に、深い喜びを感じるからだという。
苦労は多い。それでも皆で一歩を踏み出そうとすると、必要なものが与えられるという経験をチームで重ねてきた。
例えば、高橋神父は地域の人を受け入れる「家」の必要を感じていた時に、教会の隣の空き家を提供したいという申し出を受け、「神様からのお恵みではないか」と感じたことがあるという。
また「農園」の土地は教会が借りているが、日々、畑の手入れをしているのは近隣に住む伊賀上(いがうえ)恵介さんだ。
伊賀上さんが教会のチームに加わったのは、「つい見知らぬ人にも話しかけてしまう」という大川さんが、以前教会の近くで畑仕事をしていた伊賀上さんに声をかけたことがきっかけだった。伊賀上さんの本業が「大工のような仕事」だと知った大川さんは、教会で水もれがあった際に伊賀上さんに修理を頼み、「農園」の活動にも参加してもらうことになったのだ。
「伊賀上さんは、日々の水やりや草取りをすると言うので、畑には私が好きな野菜の種をまいています。畑仕事は未経験でしたが、種をまく時期も畑で見かけた人に教わって。楽しいですね」
一人一人の喜びや「自分らしさ」がつながり合う――。そんな津久見教会の地域に寄り添う取り組みは、今も静かに広がっている。

Ⓒ「みんなのサポートセンター」
