年間第30主日 10月25日 マタイ 22・34-40 神と隣人への愛

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年間第30主日 10月25日 マタイ 22・34-40 神と隣人への愛

 律法の専門家の質問に答えるイエスは掟の根本精神を、また掟おきてに込められている神の心を明らかにしようとしたというのが、本日のマタイ福音書の内容です。

 イエスに対して律法の専門家から質問が出されます。「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか」。この質問はイエスを試すためであったと述べられています。イエスがどの掟を重要だと考えているのか、答えのいかんによってはイエスの評判を落とすことも、卑しめることもできます。当時は全ての掟が大切だと考えられていましたので、一つの掟だけを答えるならば、ほかの掟を軽んじていると訴え出ることができます。またイエスが答えた掟に照らし合わせてイエスの生き方を非難することもできます。そのように律法の専門家の質問は悪意に満ちたものだったのです。

 質問に対してイエスは「(律法の中で最も重要なのは)神を愛すること(申命記6・4-5参照)と隣人を愛すること(レビ記19・18参照)だ」と答えます。「最も重要か」というのが質問の主旨ですから答えは一つのはずです。ところが、イエスは二つの答えをしています。それはこの二つの掟が切り離すことのできないものだからです。神を愛することは隣人を愛することであり、隣人を愛することは神を愛することです。神を愛することなしに隣人を愛することはできませんし、隣人を愛することなしに神を愛することもできません(一ヨハネ4・20-21参照)。そのようにこの二つの掟は百円玉の表と裏のようなものなのです。

 代表的な掟であるモーセの十戒の内容からも明らかなように、神と人との関係、人と人との関係がうまくいくようにということで掟は定められました(出エジプト記20・1-17参照)。ですから掟の根本精神、掟に込められた神の心は「神を大切にすることと隣人を大切にすること」なのです。ところが、掟の一つ一つを厳密に守るということにこだわるあまり掟の根本精神は忘れ去られ、掟に込められた神の心は無視され、ただ掟を守ることだけが強調されていくようになります。そのような中で、神の真の姿も曇らされていたのでした。イエスは掟の根本精神、掟に込められた神の心を悟らせようとしたのです。掟の数はたくさんあるけれども(旧約聖書に文字として書かれてあるものだけでも613あるそうです)、突き詰めていくとただ一つのことに集約されるとイエスは教えます。

 それこそが、神と隣人への愛です。
(立花昌和神父/東京教区 カット/高崎紀子)

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