「被造物を大切にする世界祈願日」 教皇メッセージ、紛争は心の状態の現れ
【バチカン8月20日OSV】戦争によってもたらされた社会的・生態学的破壊は、単に政治的な失態を表すだけでなく、回心を必要とする分断した心に根差す倫理的危機をも表している。
暴力、不正義、環境破壊は単に「制度や構造の不備に起因するだけのものではありません。それらは『人間の心に根ざす、あのより根源的な不均衡と結びついている』のです」と教皇レオ14世は、9月1日に記念する「被造物を大切にする世界祈願日」のメッセージの中で語る。
「ですから戦争の傷と大地の荒廃は、人間の心の状態と深く結びついています。人間を苦しめる争いは、内なる不和や分裂が、さまざまな仕方で外に現れ出たものなのです。心が道を誤れば、人との関わりも病み、わたしたちの築いている制度の数々にもその乱れが映し出されるようになります」
「被造物を大切にする世界祈願日」は、エキュメニカル(超教派)な「被造物の季節」(日本では「すべてのいのちを守るための月間」)の始まりを告げ、10月4日、エコロジーの守護者である、アッシジの聖フランシスコの記念日で終了する。
今年のテーマは「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」(イザヤ2・4)。教皇庁(バチカン)は6月2日、このテーマは「武力紛争と環境破壊の間の関連性を示したものだ」と発表。「これは、暴力と破壊ではなく発展と持続可能性を優先させるようにという明らかな招きだ」としている。
平和な社会構築には「心」の刷新が必要
メッセージの中で、教皇は、世界は「さまざまな危機と、山ほどの人間の苦しみを目の当たりにしています」と述べ、同時に「調和のある被造界の均衡が失われていく勢い」が加速されている、と懸念する。「そうした現象は、個々別々のものではありません。それらは、傷を負った世界から発せられた、癒やしと平和を求める同じ一つの叫びなのです」と記している。
教皇はこの祈願日のテーマを振り返り、イザヤは、国々が「いのちを奪う道具を、いのちを支える道具」に変えた時代のことを語っているが、現代において「今日私たちは、それとはまったく逆のことばかりを目にします。暴力と戦争へと心血を注ぎ続けているのです」と強調する。
「戦争がもたらす傷は、戦地の遠くかなたにまで及びます。次々と犠牲者を生み、家族を引き裂き、何百万人もの人を故郷から追いやり、恐怖と不正義と分断を募らせていきます」「戦争はまた、何世代にもわたる社会の荒廃と環境の破壊を残すのです」
環境破壊と相まって、武力紛争は「悪循環」を生み出し、「生態系(エコシステム)を破壊し、空気や水のような生存に不可欠な資源を汚染し、食料安全保障を脅かし」、その結果さらなる紛争を生み出す。
戦争は個人と共同体を損なわせる傷を生み出すだけでなく、人類家族の絆にも害を及ぼします。そうして「神にかたどり、神に似せて造られた人間として生きること、いのちを尊ぶこと、私たちに委ねられている大地のケア」ができず、大きな失敗に終わるのです。
「それは単に政治的な失敗であるだけではなく、道徳的、霊的な落ち度でもあります」「ゆがんだ欲望と、人間に与えられた自由と力の濫用に根を張るもので、平和の福音を真っ向から否定する実例です」と教皇は記す。
平和な社会を築くには、体制の刷新だけでなく、「意のままにしたいという思い、目先の利益の追求、神が一人一人に与えてくださった尊厳を認めようとしない態度」が示す「倫理と文化の危機」に直面する「心」の刷新も必要になる。
平和を築く道具は破壊兵器ではない
イザヤの預言での「剣を打ち直して鋤とする」ようにという呼びかけは、個人と国々に対し、「悪しきものをいのちへと変える」よう呼びかけた。それは単に外面的な変化を通してだけではなく、「私たちの望みを正しく整えてくださり、傷を癒やし、徳を高めていけるよう支えてくださる」神に立ち帰ることを通した変化への呼びかけだ。
教皇は「内面の変革」がないなら、「平和はもろく、長続きしません」と警告する。
「一人ひとりの心が新たにされていくならば、そこには新たな可能性が開かれ始めます。壊すために用いられてきたものは、いのちのため、すなわち、貧しい人を大切にするため、飢えた人に食べ物を渡すため、被造物を守るためへと、使い道を変えるのです」と教皇は続ける。
「平和を打ち立てる真の手段は、破壊の兵器ではありません。そうではなく、真理、対話、忍耐、善意、正義、いつくしみ、理解、配慮、愛です。これらは、福音によって形づくられ、神の恵みに支えられた、心から生まれ出るものです。こうしたものだけが、人を変え、共同体を新たにし、わたしたちの世界の傷をいやす力をもつのです」
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