教皇、ランペドゥーサ島を訪問 いのちを落とした移住者へ祈り
【ランペドゥーサ島(イタリア)7月4日CNS】医師のピエトロ・バルトロさんは、30年以上にわたり35万人以上を診察し、ランペドゥーサ島に海を越えて渡ってくる途中でいのちを落とした人々の検視を行ってきた。ランペドゥーサ島は地中海で救助された移住者が最初に到着する場所だ。
バルトロさんには、今でも頭から離れない出来事がある。マルタ共和国付近で舟が難破し、ある父親がバルトロさんに、海の中でどのようにして家族を生きて連れ帰ろうとしたかを語ったことだ。一番下の子を胸に抱え、片方の手で妻の手を引き、もう片方の手で3歳の息子の手を取り泳いだという。その父親がもう全員を救う力がないと気付いた時、3歳の息子の手を離した。
「あと1分でも持ちこたえていたなら、息子も今ここにいるはずでした」と語った父親の姿を思い起こすのだという。救助隊はそのすぐ後に到着した。
バルトロさんは7月3日、CNSの取材に「父親がどちらかの子を手放さなければならない状況がどれほど悲痛なことか理解できます」と答えた。
このような出来事が無数にあるからこそ、教皇レオ14世はランペドゥーサ島への訪問を決めたのだろうとバルトロさんは語る。
移住者受け入れと共に途上国の援助も
初めての米国出身の教皇は、アメリカ建国250年を記念する日を迎えた7月4日、それを祝うよりも先に、移住者たちの欧州への玄関口となる場所で、島の墓地に埋葬された移住者たちのために祈り、無事にたどり着いた人々と会い、戦争や迫害、貧困などから逃げてきた数万の人々が住む場所でミサをささげた。
ミサの前に教皇は、地中海を渡る途中で亡くなった移住者たちが埋葬されている墓地に花を手向けた。また「欧州への扉」と刻まれた記念碑の下で移住者の家族と会い、教皇フランシスコにちなんで名付けられた岸壁であることを示す飾り板を祝福し、最後に「港を守る聖母」の像の下でミサを司式した。
「善いサマリア人」のたとえを引いて、教皇は、ランペドゥーサ島は今日、「エルサレムからエリコへ向かう道と同じほど危険な道となっています」と教皇は述べた。
「この海でいのちを失った人々は、下された決定の、また下されなかった決定の犠牲者です」
何年もの間、移住者を迎え入れてきた漁業関係者、ボランティア、救助隊、行政当局、一般の島民を褒めたたえ、「思いやりの奇跡」を体現しているその人々に感謝した。
「隣人への愛がなければ、神への愛はありません。近くで寄り添わなければ、隣人にはなれません」
「国の中の共通善や汚職に対して無関心でいることは」貧困と排除を生み出します、と教皇は述べ、自身の初の回勅「人間の偉大さ――AIの時代における人格の擁護」から引用し、「責任を負わずに済む人などいません」と語った。
教皇は、欧州に緊急措置を超えた対応をするよう促し、移住者を受け入れ、守り、支援し、社会的統合を促す長期的政策を求める一方で、「誰も移住を強いられることがなくなる」ように、開発途上国の支援の必要性にも触れた。
異なる視点で考える勇気を
7月4日の説教の他に、教皇は米国建国250年を記念して書簡を発表し、米国の自由と信教の自由という基礎となる理想を褒めたたえ、その一方で米国の人々に「まさにその始めから、移住者が米国の歴史の一部を築き上げてきました」と思い起こさせた。
「人間のいのちを守ることには、移住者を受け入れ、守り、支援することが含まれます」と教皇は記し、このような受け入れは「愛の行いであるだけでなく、全ての人が持つ尊厳を認めることでもあるのです」と述べた。
ランペドゥーサ島への訪問の目的は、先月のスペインへの訪問を踏襲する。スペインでは、欧州への足がかりとなるまた別の島、カナリア諸島で、移住者の問題について最も力強い発言をいくつか行った。その時教皇は欧州の人々に、移住者がたどる経路上で明らかになった人間の苦しみを、観光事業で覆い隠してはならないと忠告し、旅行者に「違った視点から考える勇気を持つよう」呼びかけ、真の休息とは人々に人生の意味と他者との連帯を再発見させるものだと語った。(関連記事こちら)
教皇はランペドゥーサ島での目的を繰り返し振り返り、再度「善いサマリア人」のたとえを用いて、キリストの弟子は「見て見ぬふり」をするのではなく、困っている人に近づいていくことが必要だと述べた。
「異なる視点で考える勇気を持ちましょう」と教皇は、この島に余暇で来ている人々に呼びかけ、この周辺の海で次々と明らかになる苦しみを無視しないよう訴えた。
「この欧州の遠く離れた片隅から」、欧州やその他の国々が直面する課題が際だって浮き彫りになる、と教皇は続けた。

