能登で「シスターズリレー」 2年の実り “小さな力”を合わせ ともに

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能登で「シスターズリレー」 2年の実り “小さな力”を合わせ ともに

 さまざまな女子修道会が修道女(シスター)をリレー形式で被災地へ派遣し、復興支援活動をサポートする「シスターズリレー」。主催する日本女子修道会総長管区長会(以下・総長管区長会)は、2011年の東日本大震災を機に始めたシスターズリレーを、24年に発生した能登半島地震の被災地でも実施した。会員の高齢化という共通の課題を抱える中で、それぞれが持てる「小さな力」を合わせたことが今回の特徴だという。能登で約2年続いたシスターズリレーを振り返る。
 ※記事の末尾に、「カリタスのとサポートセンター」提供のフォトコーナーがあります。

1. つながろうとする小さな力
2. リレー終了から半年 被災地で見た実り

午前6時半、ボランティアが集まる前のカリタス七尾
ベース(石川県七尾市)で、この日の訪問先で提供する
物資の仕分け作業をする修道女たち(2025年7月)

1. つながろうとする小さな力

 「13年前のようにはいかない」

 2024年元日の能登半島地震発生後、日本の司教団は被災した名古屋教区(松浦悟郎司教)の支援を決めた。司教団の緊急対応支援チーム「CJ-ERST(イーアールエスティー)」(当時ERST)を被災地へ派遣し、名古屋教区の「カリタスのとサポートセンター」(金沢市/センター長・片岡義博神父〈同教区〉)の開設を支援した。
 センターが同月20日に開設されると、翌日から七尾教会(石川県七尾市)に隣接する聖母幼稚園で炊き出しを始めた。
 当時の総長管区長会会長・宮脇道子修道女(サレジアン・シスターズ)は、発災1カ月の頃をこう振り返る。
 「ニュースで次々と流れてきたのは(道路が寸断されて)交通手段がなく、支援物資が不足し、停電・断水が続く被災地の様子です。『私たち(修道女)に何ができるのだろうか』と祈り、もんもんとしていました」
 2月中旬、宮脇修道女は松浦司教とカリタスジャパン責任司教の成井大介司教(新潟教区)から、被災地の視察を勧められた。総長管区長会として行う支援活動を検討するための視察だ。翌3月には、東日本大震災の時にリレーを実施した当時、役員だった米田ミチル修道女(聖母訪問会)と共に、能登半島被災地を視察した。
 視察初日の3月18日は、七尾市の水道復旧を受けて七尾ベースが開設された日に当たり、スタッフはベース運営を軌道に乗せようと懸命だった。地域では生活用水がまだ手に入らない人に水を届け、また温かい食事と交流の場を提供する「じんのび食堂」を開くなどしながら、被災地の必要に少しでも応えようとしていた。
 宮脇修道女は視察を通じて、被災地全体で人手が不足している実情を知り、リレーの必要性を強く感じた。視察結果を女子修道会全体で共有し、リレーの実施が決まった。
 ただし「会員の高齢化が進み、13年前、東日本大震災の時に行ったリレーのようにはいかないと感じました」と宮脇修道女は振り返る。
 今回、派遣を求められた七尾ベースは2階建てだったことから、宮脇修道女がリレー参加者の条件としてまず考えたのは、「一人で階段の上り下りができるかどうか」。その理由は、仕事を持つ若手が仕事を休んで参加することは難しく、派遣の候補に挙がるのは、普段は修道院にいる高齢の会員になると考えたためだ。

 分かち合いが生活の土台に

 能登でのシスターズリレーは、震災から半年後の24年6月19日に始まった。目的としたのは、サポートセンターが七尾ベースで受け入れるボランティアの「生活支援」。開始当初、基本的に派遣は2週間とし、二人体制で活動した。予想以上に“現役世代”の参加もあった。

ベースの台所で夕食を
作る修道女(25年7月)

 ベースの体制が徐々に整う中、修道女が夕食を作り、スタッフやボランティアが皆で一緒に食べるようになると、次第にベースの雰囲気も変わっていった。東北被災地でのリレーの時と同様、食事と活動後に行う分かち合いがベースの活動の土台になった。
 支援先が増えるのに合わせ、ベースで奉仕していた修道女もボランティアと一緒に支援活動に参加するようになり、修道女の関わりも住民や他の支援団体関係者へと広がったという。
 「誰を(被災地へ)派遣できるのか。会員を派遣することによる共同体や使徒職の人的“穴”をどう埋めるか、派遣を継続できるのかどうか」
 各修道会、総長管区長会とも、派遣前も派遣後にも悩みながらリレーをつないだ。派遣は25年12月7日が最後となり、総長管区長会は26年3月末にリレーを終了した。
 派遣期間中、24修道会から延べ65人の修道女が参加。年代別では20代が2人、30代が10人、40代が8人、50代が17人、60代が16人、70代が7人、80代が5人だった。

他の支援団体のボランティアと一緒に、被災家屋から
搬出した物の仕分けをする修道女(右/25年7月)
 小さな力を合わせて

 能登でのシスターズリレーについて、宮脇修道女は「超修道会で、小さな力を合わせることができた」と、次のように振り返る。
 「会員を派遣することがかなわない会もありましたが、複数の修道会から(派遣に代えて)支援金が寄せられ、希望する参加者に片道分の交通費を助成することができました」
 ある修道会では、若手の会員を派遣した後、修道院に残った高齢の姉妹たちが生活環境の変化に不安を感じたというが、高齢の姉妹はそうした困難をささげて被災地に寄り添った。
 宮脇修道女は、「私たちの奉仕は、被災地支援の中では本当に小さなものだったと思うが、参加者からは『行って良かった』という声を聞く」と話す。
 参加した一人は、ボランティアで壊れた家屋の片付けをする中で家主と対面し、家を失うことの重みが心に残っていると語る。
 別の一人は他の会の会員との共同生活や、支援に取り組むスタッフやベース内外のボランティアの姿勢に学ぶ日々だったと言う。
 東日本大震災の被災地でもリレーに参加した修道女の一人は、自身の気付きについて次のような感想を書いている。

 東北のベースでは人手が多く「勢い」を感じたが、能登では仮設住宅への支援が遅れていたり、ベースではスタッフが不足していたりと胸が痛んだ。
 自身が派遣されたのは、ちょうど地元の社会福祉協議会からベースに対して“被災地支援活動らしい活動”への協力要請のない時期だった。
 だが手持ち無沙汰にも思えた中で気付いたのが、「イエスは、今この瞬間も私たちと共におられる」ということだった。
 「何をするか」よりも「ここにいて、祈る」という、「存在としての奉仕」こそ、シスターズリレーの大切な点だと思う。

 宮脇修道女はこう話した。
 「リレーに参加した修道女たちは今も、訪問先で出会った人たち、顔見知りになったベースの近所の人たち、そして一緒に活動した教会内外の人たちの姿を思い、祈り続けています」

七尾教会の聖堂でスタッフやボランティアと共に朝の祈り
をささげる修道女たち(奥・左右の二人/25年7月)

2. リレー終了から半年 被災地で見た実り

 修道女たちの「温かい雰囲気」

 被災地の人たちに、シスターズリレーはどう記憶されているのだろうか。
 能登半島には女子修道会の修道院が置かれていない。七尾から北へ約60Kmの同県輪島市に住む高響子(たか・きょうこ)さん(七尾教会)は、自宅や店舗が被災し、困難だった中、リレーで来た修道女に一緒に祈ってもらって支えられたという。
 七尾ベースのベース長、梁良我(やな・りょうが)さん(27/名古屋・春日井教会)は、自身がボランティアとして度々ベースに来ていた頃にシスターズリレーの修道女たちと出会い、その存在自体に温かい雰囲気を感じていたと話す。
 七尾ベース元スタッフの濱野洋一郎さん(25/東京・多摩教会)は、さまざまな会の修道女が1~2週間ごとに派遣されるたびに“ベースを支えるチーム”をつくり直した。そのため苦労もあったが、出会いに「面白さ」を感じる日々だったと振り返った。
 リレーの終了から半年後の今年6月下旬、聖母幼稚園前で毎週日曜日に続いている「じんのびカフェ」を訪ねると、常連の男性(70代)は、こう話した。
 「いろいろなボランティアが来るし、(リレーで来た修道女とのやりとりは)あまり覚えていないなぁ。以前、遠くから来た人(修道女)が作って持ってきてくれたシフォンケーキ、あれはおいしかったな」

地域の人たちが集まる「じんのびカフェ」
(26年6月21日)
 子どもたちの存在は喜び

 そうした中、今も被災地に残るシスターズリレーの実りに触れることができた。きっかけとなったのは、震災の年にリレーに参加し、25年4月から1年間、七尾ベースでスタッフを務めた小嶋直美修道女(純心聖母会)の存在だ。小嶋修道女はリレーをつなぐ修道女たちと協働してベースを支え、ボランティア活動にも参加した。
 活動中、修道女らベース関係者が宗教的な話題を持ち出すことはないが、小嶋修道女はある日、じんのびカフェに来た小学校低学年の子どもたちから、「(聖母幼稚園の裏の)教会に入ってもいい?」と声をかけられた。小嶋修道女が七尾教会の中を案内すると子どもたちは喜び、一人は後日、他の友達を連れて来て自ら聖堂を案内したという。
 このようにカフェを通じ、ベースの活動の“源泉”である教会自体にも興味を持ってくれた子どもたちの存在は、関係者にとって大きな喜びだ。その一人、現在小学2年生のゆうた君(仮名)は取材当日もカフェに現れ、スタッフや地元の友達と遊んでいた。
 記者は折を見て、ゆうた君に「シスターの思い出はある?」と尋ねたが、ゆうた君は遊びに夢中で「う~ん」とつぶやくばかり。だが午後2時にカフェが終わり、片付けが始まってからのことだ。慣れた様子でボランティアと一緒に片付けをしていたゆうた君が不意に手を止め、記者にこう話しかけてきた。
 「知ってる? こういう(天気の)時はね、神様が喜んでいるんだって!」
 この日は曇り。記者が「へぇ、誰に聞いたの?」と聞くと、ゆうた君は照れくさそうに、「知らな~い」と答えた。

カフェ終了後、会場の片付けをするゆうた君(手前)と
常連の利用者やスタッフたち(26年6月21日)

 ゆうた君は片付けの後、スタッフに付いてベースへ。ベース関係者が一日の活動後に行う分かち合いの輪に加わり、「今日は(小嶋修道女と)サッカーしたのを思い出した」と話していた。
 全国の修道女たちが祈りとリレーで支えたベースを拠点に、教会は今も地域の人たちと「ともに歩む」関わりを続けている。

カリタスのとサポートセンター提供
 シスターズリレー (2024年6月~25年12月)フォトコーナー

生活用水を届ける活動では、ベースの車に
水のタンクを積み、支援の必要な地域を回った。
写真は、修道女(右)がタンクからポリタンク
に給水し、各家庭に届けるために準備をする様子
七尾ベースで、親指を少し曲げて能登半島の
地形を表す「能登ポーズ」をする修道女
(左)とベーススタッフ
一日の活動の終わりに七尾ベースで分かち
合いをする修道女(右から2人目)ら
七尾ベースの食堂で、笑顔の修道女たち
カリタスのとサポートセンターは25年9月の豪雨
災害後、飲料水を含めた支援物資を被災した地域や
個人宅に届けた。写真は、支援物資を届けた輪島市の
被災地区で住民たちと語らう修道女(右/同年11月)
民間災害ボランティアセンター「おらっちゃ
七尾」(七尾市)を通じてボランティア活動に
参加した修道女(左)とボランティア
じんのびカフェで利用者
の話を聞く修道女(左奥)
七尾ベースの台所に立つボランティアと修道女たち

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