映画『ヒンド・ラジャブの声』 世界が黙殺した、一人の少女の叫びを聞く

2024年1月29日、イスラエルからの攻撃が激化していたパレスチナ・ガザ地区で、市民7人が乗る乗用車がイスラエル軍に銃撃される事件が起きた。
車中で一人生き延びたのは、6歳の少女ヒンド・ラジャブ・ハマダ。ヒンドは緊急通報の電話で助けを求め続けたが、声はやがて途絶え、12日後に遺体で発見された。彼女が乗っていた車には、355発の弾痕が残されていたという。
この事件は、ヒンドの通話音声と併せてニュースやSNSで拡散され、多くの人が衝撃を受けた。この映画を製作したカウテール・ベン・ハニア監督もその一人で、ヒンドの「一人にしないで」という声を聞いた瞬間、自身の中で「何かが揺らいだ」のだという。監督は、ヒンドと人道支援組織「パレスチナ赤新月社」のオペレーターらとの間で交わされた実際の音声記録を作品の要として使い、ヒンドの声をそのままに伝えている。
物語の舞台は、ヨルダン川西岸地区にある「赤新月社」の救急通報センター。スタッフが緊急通報の対応に追われる中、オペレーターのオマールが通報を受けると、相手はドイツ在住のパレスチナ男性だった。ガザ北部テル・アル・ハワ地区からの避難命令を受けた彼の親族が車で移動中、イスラエル軍に銃撃されたという。安否確認のため、男性から教えられた番号に電話をかけると少女が応答するが、「戦車が横にいて、撃たれている」と言い残し、叫び声と共に通信は途絶える。
一人の少女が殺された現場に“居合わせた”ことに動揺するオマール。カウンセラーとの会話でなんとか落ち着きを取り戻して自席に着くと、再びドイツ在住の男性から「6歳のめいがまだ車内に隠れている」と通報が入る。上司と共に再度電話をかけると、応えたのは前回とは違う少女。「早く来て、撃たれちゃう」。ヒンド・ラジャブ・ハマダの声だった。
やりとりを重ねて浮かび上がってきたのは、ヒンドの置かれた極限状態だ。車中、親族の遺体に囲まれ、たった一人生きのびていた。彼女の声の向こうで銃声が鳴り響く。
救急車はヒンドのいる場所からわずか8分の距離にいる。オマールは救急隊の派遣を調整責任者に要請するが、派遣許可の出ないまま1時間、また1時間と時間だけが過ぎていった。イスラエル軍が占領するガザ地区では、救急車ですら攻撃の対象となる。実際、それまでに多くの救助者が殺されたため、ガザ北部に残る救護チームは1チームだけになっていた。
「安全なルート」を確保するための調整は難航。オマールたちはヒンドとの通話をつなぎ留めながら、救出のためにあらゆる手を尽くそうとする。先の見えない状況に誰もが疲弊していく中、ついに救急車出動の許可が降りるが——。
出来事の悲惨さゆえに、映画を見た人は心が沈んだまま劇場を出ることになるかもしれない。だがこの作品は、見た人の中に、やがて新しい力を呼び起こしていくのではないだろうか。
ヒンドの声を聞いた監督は、こう証言している。
「私は名状しがたい無力感に襲われると同時に、『自分に何かできないだろうか』と考えるようになりました」
世界各地で続く戦争の模様は日々報じられているが、自分がその現実を何も知らないということにも気付かされる。特に戦争を体験していない世代は今、ヒンドの声を聞くべきだろう。2025年10月10日にガザ地区での停戦は発効したが、いまだイスラエル軍による攻撃は続き、軍事支配が進んでいる。
上映時間89分。新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座(いずれも東京)などで上映中。ほか全国順次公開。作品のウェブサイトは、こちら。

