軍事力によらない平和構築目指す 沖縄のつどい2026

目次

軍事力によらない平和構築目指す 沖縄のつどい2026

 米軍基地が集中している沖縄の実情を知り、平和構築の糸口を考える「沖縄のつどい2026」が、明治学院大学白金キャンパス(東京・港区)で開かれた。五つの市民団体からなる沖縄のつどい実行委員会が主催し、同大学国際平和研究所が共催して行われ、平和活動に関わる市民ら130人が参加した。

 受け継がれる記憶
つどいの冒頭に三線(さんしん)弾き語りをする平良愛香(あいか)さん

 つどいの冒頭、平良愛香(あいか)さん(日本基督教団川和教会牧師)が、三線(さんしん)弾き語りで『630(ろくさんまる)の誓い』(作詞・作曲 海勢頭〈うみせど〉豊)を参加者と共に唱和した。この歌は、1959年6月30日に石川市(現・うるま市)で起きた「米軍ジェット機墜落事故」の犠牲者への鎮魂歌として作られた。この事故では、米軍ジェット機が同市内の宮森小学校に墜落し、校舎が焼失。児童11人を含む18人が犠牲となったほか、多数の重軽傷者を出している。

講演する牛島貞満さん


 続けて「宮森・630を伝える会」の牛島貞満さんが、この事故が現在に至るまで、沖縄に与えた影響について話した。事故は長い間「不測の事故」だとされていたが、40年後の1999年、整備ミスによるものであったことが明らかにされている。
 牛島さんは、地域住民には今でも、この悲惨な事故の記憶が受け継がれており、住民たちの団結により2024年、うるま市内の住宅地に近いゴルフ場跡地に計画されていた陸上自衛隊の訓練場整備を撤回させることができたと説明した。「戦争の恐ろしさや、基地被害の悲惨さを私たちが記憶していくことこそが、平和につながっていくと思います」
 平良さんと沖縄出身のるかさん(20代)との対談では、るかさんが3年前に東京に来た時の気付きや、平和活動に関わることへの思いが語られた。るかさんは、東京では沖縄の基地問題がほとんどニュースになっていないことに衝撃を受けたと話す。そして宮森小学校の事故の生存者との出会いがあり、今月、都内で仲間たちと、事故の記憶を伝える写真展と証言集を朗読する会を開いた。約80人が来場し、その中には、事故の生存者もいたという。るかさんは、「平和運動をしたいからしているのではなく、平和運動をしなくていい世界にしたいから活動している」と思いを述べた。

 「平和の緩衝地帯」に向かって

 ジャーナリストの布施祐仁(ゆうじん)さんは、日米安全保障条約で定められた使用目的に該当しないにもかかわらず、日本国内の米軍基地がイラン攻撃の出撃拠点となっていることや、台湾有事の想定の下、自衛隊が米軍の指揮下に組み込まれ、日本の南西諸島への部隊の配備などが進められてきたことなどを説明。
 米国はこれまで世界での「覇権」を守ろうと、中国に覇権を奪われまいとして対抗姿勢を取ってきた。しかし、その姿勢には変化が生じ、今年5月の米中首脳会談にも見られるように、共存の方向へと転換されつつある。布施さんは、今や米国一強の時代ではなく、日本は「日米同盟」一辺倒の安全保障政策では通用しないこと、米国に依存せず、外交によって周辺国との信頼関係を構築することの重要性を指摘した。東南アジア諸国連合(ASEAN)の取り組みのように、軍事力ではなく、対話や協力による平和構築が大切ではないかとも話した。
 布施さんは、故・翁長雄志(おなが・たけし)さん(前沖縄県知事)の言葉を紹介。「沖縄は米軍基地によって世界の安定に貢献するのではなく、『平和の緩衝地帯』として貢献したいと考えています」という翁長さんが語った「夢」は、沖縄のみならず日本が進むべき道でもあると述べた。 

講演する布施祐仁(ゆうじん)さん
  • URLをコピーしました!
目次