石川・小松教会が献堂 能登半島で被災 支援受け新たな一歩へ 

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石川・小松教会が献堂 能登半島で被災 支援受け新たな一歩へ

 2024年の能登半島地震で被災した石川県小松市の小松教会は、多くの人の支援によって新聖堂が建てられ、10月18日に献堂式を迎えた。松浦悟郎司教(名古屋教区)が主司式した祝賀ミサには、広さの制約のため参加人数が限られたものの、120人を超える信者が集い、座りきれない人が入り口まであふれた。ミサはオンラインで同時配信された。能登半島地震で被害を受け献堂された教会は、輪島教会(輪島市)に次ぎ2例目。

 小松教会は地震で地盤が液状化し、鐘楼と司祭館に損壊や傾くなどの被害が出た。旧聖堂は当初、修復して使い続ける予定だったが、調査の結果、基礎部分の傷みと劣化、耐震補強の必要性が判明。名古屋教区は検討を重ねた末、建て替えることを決めた。

小松教会での献堂式ミサ

 石川地区共同宣教チームの主任司祭、片岡義博神父(名古屋教区)とノ・ヒチョル神父(韓国・スウォン教区)によれば、現在、小松教会に集う信徒の6~7割がベトナム出身。3~4割はブラジル出身で、日本人はごくわずかとなっている。当日のミサもベトナム語とポルトガル語を交えて行われた。

 新しくなるのは建物でなく、教会の在り方

 松浦司教はミサ説教で、まずこの新聖堂が、地震被害に心を痛めた多くの人々の寄付によって建設されたことに感謝を表した。また石川県の宣教が、明治時代にパリ外国宣教会によって始められ、神言修道会に引き継がれて戦争を乗り越え、戦後にカルメル修道会へと受け継がれてきた歴史に触れ、多くの司祭、修道者、信徒が築いた土台の上に、今日があることにも感謝した。
 同時に、小松教会は「もう一歩、新しい歩みを進めようとしています」とも松浦司教は語る。
 ミサの第1朗読のネヘミヤ記では、バビロン捕囚から戻ったユダヤの民が喜びのうちに神殿を建て、信仰によって一つになろうとする姿が読まれた。一方でその人々は城壁を築いて異国の人々を排除し、自分たちだけで「閉じた」社会をつくったと同司教は説明。しかしイエスは、あらゆる「人と人を区別する壁」を打ち壊し、死から復活して、「本当の教会をスタートさせた」と説いた。

松浦悟郎司教

 松浦司教は、10年近く前から北陸地域で司牧上の変化が生まれていることに言及した。現在、石川県では名古屋教区司祭と韓国スゥオン教区の司祭、メリノール宣教会の司祭が共に働いている。隣接する富山、福井の司祭たちも北陸地域を行き来し、そこにはフランシスコ会、神言修道会、聖心みこころ布教会の司祭たちもいて、皆で地域を支えようとしている。
 また松浦司教は、多くの国の信徒がこの教会に集まり、生活の中で信仰の中心としていることを喜び、次のように呼びかけた。

 「これこそがキリストが望まれた教会であり、私たちは歴史の中でどんどん『開かれて』いっています。新しいのは建物ではなくて、私たちの在り方です。教会の意味が新しくなり、今までの歩みの上に新しい出発を、今の時代にしていく、という使命が(私たちには)あります。今日、いろいろな国の人たちがここに来ていて、とてもうれしいです。この社会、世界が、神様の心で一つになりますように。争いをやめ、苦しむ人が皆大切にされる、そんな世界になりますように。ここを一つの祈りと働きの拠点として、場として、歩んでいきましょう」

 ミサの最後に、戦後長く小松教会を担当したカルメル修道会の総長代理、今泉健神父があいさつした。今泉神父は1週間前、新聖堂の隣に残っている旧聖堂での最後のミサを司式した。ミサ後に一人で座っていると、旧聖堂は美しく、63年前にそこを建てたカルメル会の司祭たちが最善を尽くしたことが感じられた。聖堂がなくなることが惜しまれたが、今日、初めて新聖堂に入り、旧聖堂から数々のものが移され、生かされているのを見て、素晴らしいと感じたと話した。新聖堂には、旧聖堂の十字架や祭壇、ステンドグラスなどが残された。旧聖堂は今後解体され、園庭として整備される。

献堂式とミサを終えて

 ミサ後には、祝賀パーティーも開かれた。
 60年前から小松教会に通う宮野明美さんにとって、旧聖堂は思い出の詰まった場所だった。「昔は若い信者が50~60人、毎日のように教会に集まって、カルメル会の神父様たちとも濃い関わりがありました。私も仕事が終わると毎日、教会に来ていました」。聖堂の建て替えが決まった時は「涙が出ました」と話す。来年80歳になるという宮野さんは、外国から来た信徒たちが生き生きとできる教会になってほしいと笑顔で話した。

グエン・ルック・デーさん

 同教会信徒のグエン・ルック・デーさんは、16年前にベトナムから来日し、小松市の電子部品メーカーで働いている。この日のミサは、「温かくて、とても感動しました」と話す。今は家族と共に教会に通うことが心のよりどころだが、葛藤もあると話す。「それは日本人の信者が増えないことです。私たちは祈るしかありません。祈ります」。この日のミサでグエンさんは第1朗読を担当した。ベトナム語で読めばいいと言われていたが、自分からまず日本語で朗読した。

 地震で被災した輪島、七尾、そして小松の各教会には幼稚園があり、幼稚園を通して地域と深くつながってきた経緯がある。小松教会に隣接する聖テレジア幼稚園園長の三ツ橋陽子さんもこの日参加。信徒ではないが、子どもたちに分かりやすく、聖堂のことを「神様のおうち」と伝えている。地震の後は聖堂が使えなくなっていたが、これからは以前のように入園式や卒園式、司祭を迎えての礼拝などで使えることがうれしいと話した。

 能登半島地震以後、復興支援のために奔走してきた片岡神父は、この日に向け、準備を重ねてきた。歌の練習のために自身でオルガンを弾き、若い外国籍信徒が集まれる夜遅い時間に、教会で青年信徒たちを待った。小松市は工業の町で、片岡神父によれば、外国籍信徒のほとんどが大手の電子部品製作所で働いているという。幼稚園にも、外国人労働者の子どもたちが増えている。その信徒たちの司牧など、「課題はたくさんあります」と話し、片岡神父は式後の片付けをする青年たちの輪に入って行った。

※当日の献堂式ミサの動画は、名古屋教区ウェブサイトの当該ページから視聴できる。

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