回勅『人間の偉大さ ―― AIの時代における人格の擁護』 要約 第1回(序文・第1章)

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回勅『人間の偉大さ ―― AIの時代における人格の擁護』 要約 第1回(序文・第1章)

5月25日に発表された教皇レオ14世の初の回勅「マニフィカ・ウマニタス」(人間の偉大さ―AIの時代における人格の擁護)各章の要約を5回にわたって紹介します。ここに掲載する要約の原文と図版は、バチカンの総合的人間開発省が公開したものをカトリックジャパンニュースが訳したものです。回勅の公式訳は9月30日、カトリック中央協議会から書籍として発売されます。書籍についての詳細はこちら

序文  現代の新しい「事象」

 新回勅は、その序文において、内容全体の概要を語ります。
 今、人類は、歴史的に大きな岐路にさしかかっています。それは、社会の発展と人類の共存の真の意味に関わるものです。「今、神によって創られた素晴らしい人類は、これからの歩みにとって決定的となる一つの選択を前にしています」。それは、バベルの塔を新たに建てるのか(創世記11・1-9参照)、神と人が共に住む聖なる都を築くのか(ネヘミヤ記2-6章参照)という選択です。回勅は後者の選択を「ネヘミヤの道」と語ります。こうした聖書のイメージで描かれているのは、神を顧みずに自分の力を絶対化する道を選ぶのか、責任を分かち合う交わりの道を選ぶのか、ということです。
 
 それぞれの世代は自らの時代を形づくるという使命を与えられています。しかし、どの時代も、非人間的で、正義に反する世界を建ててしまう危険性に直面しています。そのような歴史の歩みを理解するための基準になるのは、人間と神をどう理解するかについて受け継がれてきた教会の伝統です。人間の本質は、神の子が人となられたという受肉の神秘と切り離して考えることはできません。「人となられたみことばの神秘によってのみ、人間の神秘は真に明らかになるからです」

 このような観点を持たないと、進歩とは、人を機能や統計や業績でのみ評価することだと誤解する危険に陥ります。現代の新しい事象である画期的な技術革新は、キリスト者の良心に対するチャレンジです。それは、デジタル化、人工知能(AI)、ロボット工学の急速な進歩に代表されるもので、社会構造、意思決定過程、集団意識などに深刻な影響を及ぼしつつあります。

 テクノロジーは、人間の自由と創造性に根差した、人類の発展を向上させる要素として認められていますが、反面、その力は、これまでになかった新しい責任の在り方を呼び招いています。「かつて人類は自らに対するこれほどの権力を有したことはありません」。そこで、この権力を共通善に方向づけていくことが何よりも必要だと、回勅は訴えます。だからこそ、聖書からの「バベルの塔」や「聖都エルサレムの再建」というイメージは、回勅全体にとって理解の鍵となります。今直面しているのは、テクノロジーを受容するか拒絶するかではなく、人間を傷つけ損なうために用いるのか、あるいは人間を守るために用いるか、の選択なのだというのです。

第1章 福音に忠実な、ダイナミックなアプローチ

 回勅は、現代における事物の変化に取り組むための基本的な方法を明らかにしています。教会の社会教説(社会の諸問題に関する教え)は、固定化された規則のまとめでもなく、現実の上に外から押し付けられるイデオロギーでもありません。それは、福音の光によって歴史を解釈するために力になり、具体的な環境の中で生きている人々と共にある生きた伝承です。社会教説は、世界の外に身を置く教会からは出てきません。人々の人生の旅路を共に歩み、福音が人間の経験に関わっていく場として歴史を認識する教会から生まれるのです。

 回勅が強調するように、社会教説とは、直面する問題に過度に干渉するものではなく、共通善を目指す上で教会自体が責任を持っているということを示すものです。教会は「キリストによって設立された、ある意味で神との親密な一致の秘跡、全人類の一致の秘跡だからです」。

 この意識から傾聴と対話の態度が生まれます。それは真の霊による識別です。この関連で参考になるのは、第2バチカン公会議の指針です。「神の民全体…の課題は、聖霊の助けのもとに、現代の種々の声に耳を傾け、それらを識別、解明し、また神のことばの光に照らしてそれらを評価することによって、啓示された真理が絶えずより深く把握され、よりよく理解され、より適切に提示されるように努めることです」(『現代世界憲章』44)。このように、社会回勅は生き生きとした伝統であり、信仰の本質的な核心を放棄することなく、何年にもわたって成長していくものです。

 回勅の第1章は、教皇レオ13世から現代までの教会教導職による社会回勅の発展を振り返り、それが技術的解決策のレパートリーを示すものではなく、考えるための原理、識別のための基準、行動のための指針を提示するものであることを示します。社会回勅の役割は、政治や制度が持つ責任に成り代わることではなく、今、世の中で進行しているさまざまな変化を共同で見極めていけるよう支援することなのです。

 最後に強調されるのは、教会が守っている真理は、厳重に保持する所有物なのではなく、時間を通じて分かち合われるべき神からの恵みだということです。この理由から、回勅の第1章は「時は空間に勝る」と主張します。権力の座を奪い取ることよりも、むしろ歴史の歩みの上で、発展のプロセスが生まれることを何よりも優先しようと主張しているのです。
(つづく)

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