広島教区 2026平和行事 祈りと非暴力で平和を築く 希望を新たに
被爆・終戦から81年となった今年も8月5日と6日、広島教区(白浜満司教)の平和行事が広島カテドラル幟町教会(世界平和記念聖堂)などで開催された。
基調講演はカトリックの国際平和団体「聖エジディオ共同体」ニューヨーク支部代表のアンドレア・バルトッリさんが行った。同共同体の提案で、今回、8月6日の広島での原爆投下時刻から、同月9日の長崎での原爆投下時刻にかけ、75時間続ける祈りの集いも企画された。
「平和祈願ミサ」「原爆・すべての戦争犠牲者のためのミサ」、ユース(青少年)プログラムのほか平和記念公園(同市)でのエキュメニカル(教会一致運動的)・諸宗教の祈りの集いも行われた。武力ではなく、祈りと非暴力によって平和を築いていく希望を新たにした。

で行われた「宗教者平和の祈り」で祈りを唱える中村倫明
大司教(長崎教区/中央)と白浜司教(右から2人目)ら
被爆証言―和解の瞬間
アッシジの聖フランシスコ没後800年に当たる今年の開催テーマは、「争いのあるところに平和を!~アシジのフランシスコの心で平和を祈る~」。
平和行事は、被爆者として「憎しみではなく和解へ」というメッセージを世界に呼びかけてきた近藤紘子(こうこ)さんによる被爆証言で始まった。近藤さんは2025年10月に平和などをテーマにイタリアで開催された国際会議で、教皇レオ14世と面会した際の喜びを語り、証言に入った。
近藤さんは広島市で1944年に生まれ、生後8カ月の時に爆心地から1・1キロの自宅で被爆した。父親は、ジョン・ハーシー著『ヒロシマ』にも登場する被爆者で、プロテスタントの広島流川教会の牧師として平和と和解のために尽力した谷本清牧師だ。
近藤さんは原爆を投下した“敵”に対する憎しみを募らせて育つが、その憎しみを解いたのもまた原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ」の副操縦士ロバート・ルース氏との出会いだったと、次のように話した。
それは近藤さんが子どもの頃、父親があるテレビ番組でルース氏と出演した時だ。司会者から原爆を投下した後の思いを尋ねられたルース氏は、次のように振り返った。
広島上空から「きれいな広島の街」が見えた。原爆を落とすと即、引き返したが、原爆の威力を確認するよう指令が入ったため広島に舞い戻り、驚いた。「広島が消えていた」からだ。
楽屋裏で様子を見ていた近藤さんは「(諸悪の根源は)このおじさんだ!」と、ルース氏をにらみ続けていた。ところが、ルース氏はそこで「神様、私たちはなんてことをしてしまったんでしょう」と語ると、涙を流し始めた。近藤さんが「鬼だと思っていた」“敵”が、「私と同じ人間」だと思えた瞬間だった。
撮影終了後、近藤さんはルース氏の横に行き、そっとその手に触れ、「憎むべきはあなたではなく、戦争だと気付きました」と伝えた。“敵”と和解し、平和を生きていく道を自身に示したルール氏との出会いに、今でも感謝していると近藤さんは言う。
近藤さんが望むのは、「核兵器のない世界」。また平和への思いをしっかり抱いて次の世代の子どもたちと共に歩むことであり、「歩んでいってほしい」と未来を見据える。
近藤さんは最後に、被爆時に赤ちゃんだった自身が着ていたシャツを掲げ、平和のために被爆者として歩み続けていくための「宝物」だと話した。

「宝物」だと語る近藤紘子(こうこ)さん
基調講演―互いに仕え合う行いへ
聖エジディオ共同体のバルトッリさんは基調講演で、「聖エジディオ共同体と平和のための活動」について話した。バルトッリさんによれば、同共同体とは「祈り・奉仕・友情を通して福音を生きようとする友人たちの家族」だと、次のように紹介した。

聖エジディオ共同体は1968年、当時18歳だったアンドレア・リッカルディの呼びかけにより、ローマで始まった。厳密な意味では平和団体でもNGO(非政府組織)でもない。第2バチカン公会議後、教会を通して世界、とりわけ「貧しい人々」に与えられた「聖霊からのたまもの」であり、現在では60カ国以上に共同体が広がっている。
今年は聖フランシスコの没後800年の記念の年だが、同共同体は、聖人の「喜びに満ち、質素で、人々を引き付ける福音の生き方」に触発され、生活の中に息づいているという。
同共同体は核戦争の危険性に大きな関心を寄せ、2022年にニューヨークで「平和のための75時間の祈り」を始めた。
6日午前から広島でも行うこの徹夜の祈りは、全てが素早く、慌ただしく動き続ける世界の中で「ゆっくりとした時間」を大切にし、祈る者を「静けさ」へと招く。そして「自己中心的な偶像崇拝」が支配する世界にあって、私たちを他者、とりわけ貧しい人々や人間の暴力の犠牲者たちへと思いを向けるよう招いている。この平和の祈りの集いは、兄弟姉妹として互いに仕え合う「小さな行い」だとバルトッリさんは語った。
質疑応答で、争いが絶えない今の世界で平和を築く方法について参加者から問われると、バルトッリさんは、まず現実を見るために沈黙によって心を静めることと、全く新しいものを生み出す創造力が必要になると話した。

から平和を築くために何が必要かを問われると、心を
静めて現実を見ることと、創造力が必要だと話した
平和祈願ミサ―「痛む心」で祈る
平和祈願ミサは、駐日教皇庁大使フランシスコ・エスカランテ・モリーナ大司教からのメッセージに続いて開祭。ヨゼフ・アベイヤ司教(福岡教区)が主司式し、駐日教皇庁大使と日本の11司教が共同司式し、総勢350人でミサをささげた。
アベイヤ司教はミサの説教で、日本の教会が平和を思い、語り合い、祈るために毎年行う「平和旬間」(8月6~15日)は他国にはない取り組みであり、「日本の教会の宝物」だと語った。
アベイヤ司教はまた、聖ヨハネ・パウロ2世が語った「戦争は人間のしわざです」という言葉にも触れ、平和を願う祈りが、人間が犯す過ちを具体的に省みることのない「無責任な祈り」になってはならないと指摘。神は、他者の苦しみを見て「傷む心」を人間に与えてくださったと語り、「苦しみ、叫んでいる人の声を心に留めて平和を祈りたい」と結んだ。

夕刻から平和記念公園の原爆供養塔前で、日本聖公会・日本福音ルーテル教会・カトリック教会合同による「平和のための祈りの集い」が行われた。この集いの中で、カトリック教会の高校生代表らによる「平和のメッセージ」も朗読され、戦争が相次ぐ中、犠牲となる人たちを数字ではなく、「かけがえのないいのちとして」大切にすることができるよう願うと語った。

平和メッセージを朗読する高校生たち(写真右奥)
「原爆とすべての戦争犠牲者のためのミサ」

8月6日は世界平和記念聖堂で、「原爆とすべての戦争犠牲者のためのミサ」がささげられた。原爆が投下された8時15分に聖堂の鐘が鳴り響き、参加者一同が黙とうをささげた後に、ミサが始められた。
ミサは白浜司教をはじめ10人の日本の司教と韓国・済州(チェジュ)教区のカン・ウイル名誉司教、数人の司祭らが共同司式し、信徒らも合わせて約300人が参加した。当日は「主の変容」の祝日に当たり、白浜司教は、平和の実現のためには一人一人の「心の変容」が必要だと呼びかけた。
また、今年6月にバチカン出版局から出された教皇レオ14世の発言集の中で、教皇が「人類は、自らつくり出したもので、地球とそこに住む全ての命を滅ぼしかねない、地球上で最も危険な存在になっています」と訴えていることにも触れ、こう話した。
イエスは、「最も暴力的な十字架刑に処せられようとしているにもかかわらず、その態度は屠(ほふ)り場に引かれて行く小羊のようでした。それは人間の暴力に、神の子が非暴力で打ち勝つ姿にこそ人間の心を変容させる力があることを私たちに教えるためではなかったでしょうか」。
白浜司教は、「(祈りの中で一人一人が)暴力に非暴力で打ち勝とうとした神の子の輝く姿を見つめながら、その声に聞き従う勇気と恵みをこのミサの中で祈り求めていきたいと思います」と結んだ。
名古屋教区・中高生会の巡礼団の一人、山田美晴(みはる)さん(17)は、このミサで、皆が心を合わせて祈る声を聞きながら、「平和を祈るとは、こういうことなのかな」と感じたと言う。
カトリック聖母幼稚園(広島市)教諭の河本眞紀さん(64/広島市・祇園教会)は、自身の母や母方の祖母から被爆体験を聞いて育ち、毎年、世界平和記念聖堂でこのミサに参加している。「神様から与えられた命」を受け継ぐ者として、「子どもたちに平和を伝えたい」と話した。

説教で、平和を実現するため、一人一人に「心の
変容」を呼びかける白浜満司教(写真上部中央)
他者のために沈黙をささげる
ミサ後、日本時間午前10時から、「平和のための祈りの集い」が始められた。この集いは、広島、ニューヨーク、ローマの3会場をオンラインでつなぎ、長崎の原爆がさく裂した時刻である9日午前11時2分まで、時差を利用して75時間継続して行われる。広島の会場は、世界平和記念聖堂の地下聖堂だ。
集いでは、1時間の間に①福音朗読と福音解説(15分間)②祈りと沈黙(15分間×2)③共同祈願(15分間)―を行い、これを75回繰り返す。出入りは自由。②では、カトリックのさまざまな運動に参加している広島教区の信徒、プロテスタント教会関係者や仏教の僧侶らも祈りを担当する、諸宗教による祈りの場だ。
広島市翠(みどり)町教会の浜村博美さん(66)は、カトリック教会のフォコラーレ運動のメンバーとして③の祈りを担当。「皆で一緒に沈黙をする中に、希望を感じました」と話した。

世界平和記念聖堂に隣接する愛宮(えのみや)ラサール記念館では「カトリック ユース プログラム」が行われた。開催テーマは、「争いのあるところに平和を! 〜アシジのフランシスコの心で平和を祈る〜」。教区内外から中学生から大学生までのユース50人のほか、引率の教職員や教会学校リーダー、子どもも含め約80人が参加し、小グループに分かれての分かち合いが行われた。
フランシスコ会の元田勝哉(まさや)神父が講師を務め、自分の思いではなく、ただひたすら神様の思いに従おうとしたフランシスコの「単純さ」について話した。

平和のために祈りたい時は、「沈黙のうちに、祈る心が与えられるように」祈ることを勧めた。祈りとは、「神様から与えられた大切な時間」を使って「他者のために沈黙をささげること」でもあり、死者のために黙とうをささげるのも祈りだと説明した。
大学1年生の山田智也さん(18/広島県・福山教会)は、聖フランシスコを通じて平和について考え、他者を大切にする生き方に心を引かれたと振り返った。

参加者たち。言葉を使わずに、知り合いではない相手と
“握手に力を込めるタイミング”を合わせるのが難しい
被爆証言、基調講演、平和祈願ミサ、原爆とすべての戦争犠牲者のためのミサ、平和のための75時間の祈りの集いのYouTube動画は、こちらで視聴できる。
