教皇の一般謁見講話 教皇、停戦合意を歓迎
【バチカン4月8日CNS】教皇レオ14世は、中東から停戦の合意という新たな知らせが舞い込んだことを受けて、「真の希望のしるし」と呼び歓迎した。教皇はその前日の4月7日の状況を「極度の緊迫感漂う数時間」と表現し、引き続き、交渉の場への復帰と、信者たちに祈りを呼びかけた。
「交渉の場に戻ってこそ、戦闘を終結できるのです」と教皇は4月8日、バチカンのサンピエトロ広場で行われた一般謁見の後、イタリア語圏の人々へのあいさつの中で語った。
教皇のこの発言は、戦闘のさらなる緊迫化を辛うじて回避し、イランと米国が2週間の停戦合意に至った数時間後に発せられた。イランと米国双方は合意に至ったが、その前日の4月7日にドナルド・トランプ米大統領は過激な言葉を使って警告していた。イランが原油とガスを輸送するタンカーにホルムズ海峡を開放しなければ、「今夜(イランの)文明全てが消し去られる」と言い、イランの重要なインフラを壊滅させると脅していたからだ。停戦は、ホワイトハウスが設定した期限の約2時間前に発表された。
対話に復帰するようにという教皇の訴えは、前日4月7日夜のカステルガンドルフォでの発言を繰り返すものとなった。停戦が発表される以前から、教皇は指導者たちに交渉の席に着くよう求めていた。
教皇は4月7日、記者団に「今日は、ご存じの通り、イラン国民全体に対する危機が差し迫っています。国際法上問題であるだけでなく、国民全体の幸福に関わる道徳的問題なのです」と答えた。
同時に、この紛争がもたらす多岐にわたる影響について詳しく語り、「深刻なまでの不安定さ」に特徴付けられる世界経済の危機的状況に警鐘を鳴らした。経済危機はさらなる憎しみを生むからだ。平和を支持するために、市民もそれぞれの政治指導者に接触するよう求めた。
さらに教皇は4月8日の一般謁見の場でも、信者たちに、4月11日の午後6時(日本時間12日午前1時)に開かれる平和を求める夕の祈り(https://www.cbcj.catholic.jp/2026/04/09/37662/)に参加するよう招いた。
苦しみの中でも聖性は高まる
一般謁見では、今回も第2バチカン公会議とその諸文書についての講話を続け、『教会憲章』を取り上げた。聖性について考察し、聖性は全ての信者たちが共有する召命だと強調した。
「洗礼を受けた全ての人は、聖人になるよう求められています。つまり、神の恵みを生き、美徳を実践し、キリストのようになるよう努めるのです」と英語によるまとめの中で語った。
イタリア語によるメインの講話では、聖性の基盤は愛だと述べ、その愛は「神と隣人に対する完全な愛」だと表現した。その最高の形は殉教で、殉教は「信仰と愛の最高の証し」と呼んだ。全ての秘跡の中で、特に聖体の秘跡は、この呼びかけに応える上で、信者たちを支えると続け、奉献生活が果たす重要な役割にも光を当てた。「実際、教会の神秘の中にすでに存在する神の国のしるしは、奉献生活の全ての経験に形を与える福音的勧告、すなわち、清貧、貞潔、従順です」
清貧は神への「完全な信頼」を表し、従順はキリストが御父に対して行った自己奉献を模範とし、貞潔は「神と教会に奉仕するために、愛のうちに完全で清い心をささげる」ことだと、教皇は説明した。教皇はこれらの美徳を「徹底的に従う」形と呼んだ。
「この三つの徳は、自由を束縛する規定ではなく、むしろ自由をもたらす聖霊のたまものです。このたまものを通じて、ある人々は自らを完全に神に奉献するからです」と述べた。講話の終わりに教皇は、キリストの犠牲によって、苦しみの中にあってさえも、聖性が可能になると語った。
「私たちはこの出来事を観想しながら、神があがなうことがない人間的経験は存在しないことを理解します。主の受難との一致のうちに経験される苦しみさえも、聖性の道となります」と講話を終えた。

