【私の福音宣教】 電気電子工学を専攻 「予測不可能な」宣教の道へ テオドルス・ジョナタン・ウィジャヤさん 

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【私の福音宣教】 電気電子工学を専攻 「予測不可能な」宣教の道へ テオドルス・ジョナタン・ウィジャヤさん 

 「テオさん」こと、テオドルス・ジョナタン・ウィジャヤさん(28)は、10年前にインドネシアから来日し、東京大学で電気電子工学を専攻するカトリック信徒。4月上旬に研究のために渡欧するが、その多忙な準備の傍ら、これまで大学の寮の仲間と日常的に使っていたエキュメニカル(教会一致運動的)な祈りの手引きの改訂を進めている。今春から「キリスト者がほぼゼロになる」寮に、祈りの手掛かりを残すためだという。まさに福音宣教の一つとなる活動だが、その熱意はどこからくるのだろうか。3月末、東京大学本郷キャンパス(東京・文京区)を訪ね、テオさんの宣教のルーツと歩みについて聞いた。

取材中のテオさん。襟にはアッシジの聖フランシスコの
精神を象徴する「タウ(T)十字架」のピンバッチが
 枕元にカテキズムがあった

 「僕が育ったのは、スマトラ島南部です。(隣島の)首都ジャカルタと違って経済格差があり、地元は時に週の大半、停電していましたね」
 夜間、ろうそくをつけ、家族4人で過ごした時間が心に残る。
 数学が大好きだったテオさんは、「日が暮れるまでに」と一生懸命勉強し、電気がつけば「まだ勉強できる!」と喜んだ。
 両親は、小教区で奉仕をするカテキスタ(要理教師)だ。物心ついた頃から多忙だったが、テオさんが寝る前は、枕元に来て額に十字の印をしてくれた。テオさんは、「いつの間にか枕元に置かれるようになった」というカテキズム(要理)を愛読して育つ。
 そんなテオさんが福音宣教へと導かれたのは、大学進学時だ。それまで「美しさ」を感じて熱心に取り組んできた数学ではなく、「ランダム(予測不可能)な自然界を表現する」電気電子工学を専攻したことがきっかけだった。
 それは自身が親しんできた「美しい」世界から「ランダムな」世界へ、つまり、人間の思いを超えた「福音宣教の現場」へと神に導かれたことだったとテオさんは感じている。
 大学では、停電の経験からエネルギー問題に関心を持ち、2016年、文部科学省の国費外国人留学生として来日する。

 兄弟姉妹的な交わりに育てられた

 テオさんは東京大学の学部3年次、「東京大学YMCA(学生キリスト教青年会)寮」に入寮するが、この寮は自身にとって「兄弟姉妹的な交わりの場」であり「福音宣教の場」だった。
 寮は東京大学の学生と院生の自治により運営されている。無教会主義を唱えた内村鑑三らキリスト者が組織をつくり、約140年の歴史がある。
 寮生自らが行う、入寮面接でのやりとりが忘れられない。
「『あなたにとって、イエスとは誰ですか?』と問われたので、僕は『神の子』だと答えたんです。すると(面接官は)『そうですよね。でも、あなたにとっては、誰なのですか?』と」
 寮生活も驚きの連続だった。
 寮には週5日(現在は週3日)、「早天(そうてん)祈祷(とう)会」という、30分ほどの朝の祈りの集いがある。  
指定された聖書箇所を皆で読み、分かち合うのだが、テオさんは読む習慣のなかった旧約聖書を開く時、皆についていくことができなかった。
 「そんな時、優しい先輩が聖書を開いて教えてくれました」
 夕食時は、あらゆる社会問題について神学的見地から議論した。ことあるごとに「テオ、カトリックではどう?」と、意見を求められる。
 「やばい、これは学ばねば!」
 テオさんは、カトリック教会が現代社会の問題について見解を述べた「社会教説」を急いで読んで勉強し、ここの兄弟姉妹的な交わりに入っていった。
 「プロテスタント的には、『兄弟姉妹が集まり、分かち合う所が教会』(と考える)。でも僕は、何か心に欠けたところを感じるようになって…。ご聖体を頂きたくて、毎日イグナチオ教会(東京・麴町教会)のミサに行くようになりました」

早天祈祷会が行われる寮の談話室(写真提供:テオさん)
 神は、はっきり教えてくれた

 テオさんは自身の召命について考えるようになり、イエズス会司祭の同伴で8日間、召命を識別するための黙想をした。出た答えは、「司祭としての召命よりも、学術の道」。しかし「僕はがんこで、イエズス会の司祭になりたいと思っていたんです」。祈りの中でフランシスコ会の霊性を象徴する「サン・ダミアーノの十字架」が心に浮かんだが、その意味も分からずにいた。
 その後、転機が二つあった。
 一つは2023年、修士の修了前。知人が働く米カリフォルニア大学を訪問した際、その知人の〝手引き〟で著名な教授を訪ねることになるが、その知人はあろうことか、テオさんを「先生の研究室に入りたい学生」として紹介していたのだ。
 想定外の展開だが、テオさんはその場で急きょ、教授に研究の提案をする。それはバンドエイドのように肌に貼り、光センサーで皮膚のがん細胞を検出できる「ウェアラブル・デバイス」(体に装着して使用する小型のコンピュータ端末)の開発だった。
 二人は意気投合。教授から「客員研究員としてここに来い」と声がかかった瞬間、テオさんは「これが今までの黙想の答えだ」と理解したという。
 「僕は何も準備していなかったし、知人の“はったり”もあったけれど、その時、これまでの黙想で心に感じた慰め(平安)を思い起こしました。(学術の道を示した)神様に『はい!』と答えざるを得ませんでした」
 二つ目の転機は、客員研究員として米国に留学していた時(23~25年)。ミサとサン・ダミアーノの十字架によって、そっと導かれた転機だった。テオさんは住まいから徒歩10分のイエズス会の神学院に通って祈りを深めていたが、徒歩15分のフランシスコ会の修道院にも「朝ミサの時間の都合で」通うようになった。
 「米国で困難を感じていた時にも祈りのうちにサン・ダミアーノの十字架を“再発見”し、その意味を探りたい気持ちもありました」。テオさんは召命の識別を深め、25年9月、在世フランシスコ会の会員としてフランシスコの精神を生きていく「約束」をする。
 フランシスコ会の精神には、①単純さ(素朴さ)②霊的貧しさ(清貧)③謙虚さ(謙遜)―がある。長い間、「他者に勝ちたい一心」だったテオさんには理解しにくい価値観だったが、フランシスコ会の霊性に安らぎを感じるようになっていた。
 「頭ではなく、心に従いました。余談ですが、時々、理由もなく涙があふれてくるので、それが何の心の動きなのかを真面目に識別したいと思うようになりました」
 この取材の終盤にも、テオさんは話をしながらそっとハンカチを取り出し、涙をぬぐっていた。

自身の召命の識別について振り返るテオさん
 「我らの父よ」

 テオさんは、昨年10月に米国から日本に帰国した。今年4月から博士研究員としてスイスに行くことが決まると、YMCA寮の「ともに祈る~祈祷(とう)会の手引き~」の改訂にかかった。
 この手引きは、かつてキリスト者でない人の入寮が年々増えていることに気付いたテオさんが、皆に呼びかけて作成したものだ。
 内容は、多くのプロテスタント教会で使われている文語訳の「主の祈り」、早天祈祷会の進め方、賛美歌の紹介ほか、「教会」という言葉の意味についての解説など。カルメルの霊性を生きるノートルダム・ド・ヴィ会員の片山はるひさん(上智大学神学部教授)に、祈りについての解説文を寄せてもらうなどした。
 兄弟姉妹と共に改訂版を準備していて、「(YMCA)寮の“命”は、祈りだと気付きました」とテオさんは言う。
今春から、寮にキリスト者はほぼいなくなる。「早天祈祷会を宝として受け継ぎ、聖霊に導かれる限り守りたい」という兄弟姉妹の願いがテオさんの胸にある。
 テオさんの出発後に完成する改訂版では、祈りの実践に重点を置くという。そこにはテオさんが黙想指導を受け、寮で講演をしてもらったこともあるイエズス会司祭による寄稿なども収める予定。自身の祈りの体験を分かち合うものにもなりそうだ。
 テオさんは神に応えて旅立とうとする今、「とてもわくわくします!」と語る。
 日本を去る寂しさもあるという。テオさんは満員列車に乗るたび、「この人たちのために祈りたい」と感じ、「天におられるわたしたちの父よ」と祈る時の「私たち」には、その大勢の乗客も含まれていると感じてきたからだ。
 「今後は物理的に一緒にいることはできませんが、これも『祈りの中で共にいるように』という、(神からの)導きかもしれません」

現行の「ともに祈る~祈祷(とう)会の手引き~」
(A5判)(左)。改訂版には、カトリックの宣教
師が平易な言葉と手描き文字で祈りの心を伝える
リーフレット(右)も付ける(写真提供:テオさん)
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