コロナ禍を機にベトナム人技能実習生を支援 ダン修道女

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コロナ禍を機にベトナム人技能実習生を支援 ダン修道女

 日本で働く外国人技能実習生は2025年末時点でおよそ46万人、その4割をベトナム出身者が占めている。現在の技能実習制度は、実習生の保護体制が不十分であることから、さまざまなトラブルや労働問題が生じている。コロナ禍を機に実習生支援に携わり、「シスター姉(ねえ)ちゃん」と呼ばれ、慕われているダン・ティ・ジェン・フーン修道女(42/アシジの聖フランシスコ宣教修道女会)にこれまでの活動や思いを聞いた(以下、シスター・ダンと表記)。

ダン修道女。イタリア・アッシジでのお気に入りの1枚
 コロナ禍を機に支援活動へ

 シスター・ダンはベトナム・ホーチミン出身。アシジの聖フランシスコ宣教修道女会の招きによって2005年に来日し、専門学校で保育を学んだ。09年に修道会に入会し、11年に初誓願式に臨んだが、その数日後、式に参加していた若い男性の技能実習生から助けを求められたのだという。
 その実習生は、休日を月に4日しか与えられず、給与は月6万円ほど。生活の苦しさから実習先を逃げ出し、在留資格を失っていた。
 「その時は、自分も日本の法律を知らないし、就労制度についても分からなかったので、助けたい思いはあったけれど無理でした」
 17年に終生誓願を立てたシスターが、本格的に実習生支援に関わるようになったのはコロナ禍からだ。イエズス会社会司牧センター(東京・千代田区)のグエン・タン・ニャー神父(当時)らと共に、困窮しているベトナム人に食料を送る活動に参加する。
 やがて外国人技能実習生権利ネットワークと日本カトリック難民移住移動者委員会(J-CaRM〈ジェイ・カーム〉/当時)が主催し、20年6月に初めて開催された相談会「ベトナム人技能実習生ホットライン」(現在は「ベトナム/カンボジア労働・生活相談ホットライン」)にも加わるようになった。
 寄せられたのは実習先からの賃金未払い、有給休暇が取得できない、労災が認められない、同僚からの暴力、セクシュアルハラスメントなどの相談の数々。シスターはさまざまな協力者と共に、在留期限が切れた実習生の未払い賃金を、何カ月もかけて取り返したことも、労災申請を渋る受け入れ先と交渉し、申請を認めさせたこともある。
 「(労働問題に詳しい専門家や弁護士など)いろんな人がそばにいて支えてくれたから、自信を持って手伝うことができるようになりました」
 シスターはこれまでの活動を振り返り、現在の実習生たちに次のような変化を感じている。
 「支援を始めたばかりの頃は相談が殺到しましたが、(日本各地に)相談できる組織ができたことや、ベトナム人の『先輩』が『後輩』を助けるようになったこと、翻訳アプリの進化などで相談件数が落ち着いてはきました」
 また我慢し続けるのではなく、実習生自身が相談できる場所を探すことができるようになってきたとも感じている。
 シスターが今、自分にとって対応が難しいと感じているのはシングルマザーからの相談や、妊娠した場合の妊婦健診や出産育児一時金の申請など。実習生は、妊娠や出産に関することが、雇い主との契約の中に明記されておらず、妊娠すると帰国させられることが多い。再度日本に戻ることは難しい現状があるとも話した。

ホットラインで活動するシスター・ダン(左)
 日本を目指すベトナム人

 シスター・ダンは、ベトナム人が日本で技能実習生になる理由の多くは、よりよい賃金や将来を手に入れたいからだと言う。家族が所有する家を担保にしてまで借金をし、送り出し機関に費用を支払って来日することも少なくない。

 「だから必死で、(実習先で)いじめられてもなんとかしてお金を稼がなければベトナムに戻ることもできません」
 シスターは、現在の技能実習制度の一番の問題は、3年間は実習先を変更することができないことだと感じている。
 「3年間はその仕事を続けなければいけないので、職場でいじめられても別の仕事に変わることができないのです」
 技能実習制度に代わって2027年4月から施行される「育成就労制度」では、一定条件下での転職が認められるようになることが予定されている。

 失われた命

 笑顔で周りを明るくし、日本で暮らすベトナム人から頼りにされているシスター・ダンだが、悔やみきれない「悲しい出来事」も経験している。
 シスターは、教会が遠い、実習先が教会に行かせてくれない、通うにも交通費がかかりすぎるなどの理由で信仰生活を営むことが難しいベトナム人グループに、夜、オンラインで祈りや聖書の分かち合いをしている。
 その中に20代前半の女性がいた。九州の会社で実習していたその女性は、狭く、空調も整っていないコンテナの中で生活をさせられていた。寝床に布団を何枚敷いても、下からの湿気が伝わって、体に障るような環境だった。やがて女性は肺炎を起こしたが、その会社の責任者はすぐには病院に行かせなかった。
 女性から相談を受けたシスターは、外国人技能実習機構(OTIT)に連絡を入れたものの、なかなか受診できず、徐々に病状は悪化。女性は「もう逃げるしかない」という精神状態に追い詰められたが、ダン修道女は「もうちょっと待って」と、ぎりぎりの状態の女性を励まし、説得した。
 やっと病院を受診すると、咳などの症状があるにもかかわらず、「問題なし」の診断が下る。その後、女性は休暇を得てベトナムに帰国。現地で受診すると重症の肺炎と診断された。女性は母親に「もう日本に戻りたくない」と漏らしたが、借金があったためやむなく日本に戻る。しかし、体はやはり実習の継続ができるような状態ではなく、女性は受け入れ先から逃げ出してしまった。
 友人宅に一時身を寄せたが、最終的にはベトナムに帰国。即入院したものの、治療が遅れたためにあまりにも肺の症状が重く、女性は命を失った。
 シスターは、この時の気持ちをこう打ち明ける。
 「私を信じて相談してくれたのに。あの時は、不法滞在になってしまうことで基本的な権利も受けられなくなることや、借金の返済のことばかりを考えてしまい、もっとお母さんや本人に寄り添うことができていれば、こんなつらい思いはしなかったのではないかと感じています。お母さんも『借金よりも、もっと娘のことを大切に考えていればよかった』と後悔されていました。(自分が)もっといろんなところに連絡して、ベトナムで働いてお金を返す方法を探すとか、もっとできたんじゃないかと」

 自分の使命

 シスター・ダンは「落ち込んでしまって、もう無理かなと思った時もありました。(実習生の支援を)やめようと。無力さを感じました」。
 しかし現実では落ち込む時間もないくらい、支援を求められた。やがて、「自分が支援した命が初めて亡くなった」という、「『この(思い出すたびにつらい)経験』があるからこそ、あらゆる方法を探してサポートしようという『積極性』が出ました。二度とつらいことが起きないように」。
 シスターは「(支援活動での)出会いを通して、(協力を)頼める人がどんどん出てくることが慰め」だと話す。修道会の姉妹たちと思いを分かち合い、応援してもらえること、活動する時間を与えられていることも慰めだと言う。神の導きを感じ「私の使命かなと感じるようになりました」。
 シスター・ダンは今後の活動の展望として「実習生支援のためのスタッフが常駐するオフィス(事務所)ができればいいなと思います。ベトナムだけでなく、さまざまな国からやってくる実習生の言語に対応できるスタッフが欲しいです。若い人たちにも手伝ってもらえれば」と話した。

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