教皇の一般謁見講話 信者は社会の発展に関わるべき

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教皇の一般謁見講話 信者は社会の発展に関わるべき

【バチカン9月23日CNS】科学技術の進歩は、神を信じることに反するものではない、と教皇レオ14世は9月23日、バチカンのサンピエトロ広場で開かれた一般謁見で語った。むしろ、キリスト教信者はそのような進歩発展の過程に積極的に関わるべきで、そうすることで進歩は人間の尊厳と共通善に資することになる、と続けた。
 さらに教皇は、翌24日に米国のセントルイス州で列福式が行われる尊者フルトン・シーン大司教を取り上げ、福音宣教のためにラジオとテレビといった当時の技術を革新的に使いこなしたキリスト者の模範とした。
 この日も教皇は、第2バチカン公会議の文書『世界現代憲章』を考察し、特に世界における人間の活動と進歩についての教えを取り上げた。
 神の似姿として創られた人類は、進歩の主体だと教皇は説明する。知識を増やし、社会を発展させるために、自由と知性を使うからだ。
 しかし、科学的・技術的成果が増幅する中で、一部の思想家は、神と人間を「競争相手」と表現し始め、「人間の知性、自由、進歩を主張するために、人間は自らを神から解放しなければならない」と主張した。
 教皇はこの考え方を「間違い」と呼び、神学者でイエズス会会員の故アンリ・ド・リュバック神父がかつて「無神論的ヒューマニズムの悲劇」と述べた言葉を引用した。
 「究極的に神との関係を否定することで、人は人間の超越的な価値を確信する可能性も失うのです」と教皇は述べる。

 日々の仕事を忠実に果たし、召命を生きる

 それに対して、キリスト教信者は、「人類の勝利は神の偉大さのしるしであり、神の計りがたい計画の結実」だと信じていると、『現代世界憲章』を引用して教皇は語る。
 そのため人間活動の成果は、科学や技術や社会の進歩に関わることから信者を引き離すものとなってはならない、と強調し、むしろ福音は、信者たちに、そのような進歩を人類の繁栄へと方向付けつつ、社会の構築に参加するよう求めているとする。
 「真の愛をもって、私たちの日々の活動を実行していきましょう。個人的な犠牲のための手段として私たちの働きを主にささげ、また、特に共通善の追求、助けを必要としている人への配慮、人間の尊厳の保護を通して、神の国をもたらしたいと今まで以上に強く望む現れとして、私たちの働きを主にささげましょう」と英語圏からの巡礼者たちに、教皇は語った。
 人間の自由と行動は、神との出会いによって、奪われたり、無効にされたりするものではない、と教皇は断言する。そうではなく、人類はキリストのうちに、自らの最も完全な真理と自由を見いだすのだ。
 「この観点から、重要な真理が現れます。神と出会うために、人間は自身の地上での職業を放棄してはならず、日々の仕事を忠実に実行し、聖化することで、自身の召命を十分に生きることができるのです」
 そのため、キリスト教信者は、他者に「究極的な目的」を思い起こさせつつ、社会の進歩に十分に貢献するべきだ、と教皇は説く。
 教皇レオ14世は、5月に発表した自身初の回勅『人間の偉大さ――AIの時代における人格の擁護』で、人工知能(AI)の開発に触れ、技術の発展は人間の尊厳に奉仕し続けるものでなければならないと強調した。今回の講話でもその点を繰り返す。
 真の人類の進歩は、「愛によって促され、導かれなければならならず」、全ての人々の、特に不利な立場に置かれた人々の生活を改善しなければならない、と教皇は強調した。
 「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、第2バチカン公会議は私たちに、知識や技術というパンを分かち合うよう招いています。そうすることで、全ての人、全ての民が自らの可能性を切り開き、神の助けを受けて、私たちは共により良い未来を創造していけるのです」

9月23日、バチカンのサンピエトロ広場で開かれる一般謁見の前に、パパモービレ(教皇専用車)で広場を周回し、ほほ笑む教皇レオ14世 (CNS photo/Vatican Media)
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