【バチカン4月11日CNS】教皇レオ14世は4月11日、バチカンの聖ペトロ大聖堂で行われた「平和のための夕の祈り」の中で、ますます予測不可能で、攻撃的になる「自分は全能だという妄想」が世界を脅威にさらしている状況に警告を発し、世界の指導者や人々に、憎しみや暴力にとらわれている心と頭を空にして、いのちに奉仕するよう求めた。
「自分や金銭という偶像を崇拝するのはもう十分です!力の誇示も、戦争も、もうたくさんです!真の力は、いのちへの奉仕のうちに示されるのです」と教皇は訴える。
「祈る人は自らの限界を知る人であって、人を殺したり、死をちらつかせて脅かしたりなどはしません。死は、生きておられる神に背を向けた人々を隷属させ、その者たちと彼らの力を、口も目も耳もない偶像に仕立て上げます。その偶像のために、あらゆる価値を犠牲にして、全世界にひざまずくことを強要するのです」
絶えず教皇に手紙を書き送っている子どもたちの「声に耳を傾けましょう」と教皇は述べ、子どもたちは「一部の大人たちが誇らしげに自慢する行為の恐ろしさや非人道性を全て」詳しく教えてくれると語った。
この祈りの集いには、何千もの人々が大聖堂の中と外に集まり、ロザリオの栄えの神秘を唱えた。各玄義が唱えられる前には、各大陸を代表する国々の民族衣装を身に着けた女性たちが、平和の元后聖母マリア像の足下に置かれたアッシジから運ばれた平和の火を、細いろうそくにともした。
教皇は、祈りは山をも動かすことができると、イタリア語で語った。「戦争は分裂をもたらしますが、希望は一致をもたらします。傲慢さは他者を踏みにじりますが、愛は立ち上がらせます。偶像崇拝は私たちの目をふさぎますが、生きておられる神は光で照らしてくださいます」と続けた。「歴史のこの劇的な時に、共に立ち向かうためには」、ほんの少しの信仰が必要だと語った。
愛によって死に打ち勝ち復活した主を信じる者は、「運命の定めに縛られることはありません。人々が、正義もいつくしみも顧みず互いに十字架につけ合い、いのちを奪い続けるために、墓さえも足りなくなっている、この世界においてさえも、です」と教皇は説明する。
教皇は発言の中で、どの紛争かは明示しなかったが、2003年に米国が有志連合からの支援を受けて仕掛けたイラク侵攻中の聖ヨハネ・パウロ2世の熱心な取り組みと平和への呼びかけを思い起こした。
教皇は「聖ヨハネ・パウロ2世の訴えを、今夜私も分かち合います。今日においても意義深いものだからです」と強調し、歴代の教皇たちの「もう戦争はいらない」という呼びかけを改めて繰り返した。
「平和のモザイク」の一片になる
「教会は、和解と平和のために奉仕する、偉大な人々の集まりです。戦争の論理を否定することが誤解や軽蔑につながるとしても、教会はためらうことなく、その道を歩みます」
教会は「平和の福音を宣言し、人間が持ち得る権威ではなく、神への従順を教えます。他者の持って生まれた尊厳が、国際法の継続的な違反によって、脅かされるときは特にそうです」と教皇は述べた。
祈りと神の助けを借りることで、人々は「悪の凶暴な連鎖を断ち切る」ことができ、神の国への奉仕ができる。神の国では、「剣もドローン(無人機)も、復讐も悪の矮小(わいしょう)化も、不公正な利益もありません。ただ尊厳と理解とゆるしだけがあるのです」と教皇は力を込める。
また教皇は、神の名を利用して暴力を正当化することに対して、「いのちの神である神の神聖な名さえ、死について話し合われる場に引きずり込まれている」と言って非難した。
このような方法で神の名を思い起こさせる人は、唯一の天の父のもと、兄弟姉妹たちで成り立つ世界を消し去り、「悪夢」をつくり上げる。つまり、耳を傾け、共に寄り添うよう呼びかけるのではなく、敵と脅威によって出来上がる悪夢だ。
教皇は世界の指導者たちにこう呼びかけた。「もうやめてください!平和を構築する時が来ました!対話と仲介のテーブルに着いてください!再軍備を計画したり、死を招く作戦を決定したりするテーブルにではありません!」
最後に教皇は、世界の人々一人一人が、自らの心と考えから暴力を排除する義務を負い、それぞれの家庭、学校、共同体で日々、平和の国を築く一助とならねばならないと力説した。
「もう一度、愛と節度と正しい政治を信じましょう」と教皇は人々を励まし、それぞれが「平和のモザイク」の一片になるために、学びを深め、「個人的に関わって」いくよう求めた。

