熊本地震 福岡教区・熊本地区、八代で歩み始める 「教会と、教会につながる地域」と共に

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熊本地震 福岡教区・熊本地区、八代で歩み始める 「教会と、教会につながる地域」と共に

 熊本地震の発生から2週間余り。熊本県を管轄する福岡教区(ヨゼフ・アベイヤ司教)は、カリタスジャパンと共にオンライン会議や現地視察を重ねて、8月10日、教区の「活動方針」を発表した。10年前に発生した熊本地震の経験を基に国・自治体、支援団体のNPOなどが連携して迅速な支援活動を進める中、教区が打ち出したのは、「八代教会と教会につながる地域との関わり」をはじめとする、3本柱から成る方針だ。
 現在、教区としてのボランティア募集は、まだ行っていない。発災直後から地域住民のための支援活動を始めた八代の信徒有志らの願いと歩みに寄り添うように、熊本地区が静かに動き始めている。

1 カリタスジャパンと連携し、教区の方針を発表
2 被災小教区の有志に寄り添い、地区も動き出す

1 カリタスジャパンと連携し、教区の方針を発表

 カリタスとの連携で八代を視察―8月7日
地震で八代教会の聖堂の床に入ったひび

 カリタスジャパン責任司教の成井大介司教(新潟教区)は8月3日、アベイヤ司教ら福岡教区の関係者と共に、関連施設で被害が最も大きかった八代教会などを視察した(→関連記事)。
 アベイヤ司教から、カリタスジャパン緊急対応支援チーム「CJ-ERST(イーアールエスティー)」(以下・ERST)の派遣要請を受けた成井司教は同月5日、ERSTの現地派遣を決定した。ERSTは、2011年の東日本大震災の被災地で復興支援に当たった司祭と信徒計6人からなるチーム。
 同月7日、カリタスジャパン(以下・CJ)担当司教の森山信三司教(大分教区)は、CJ秘書、ERSTメンバー2人と、福岡教区で災害対応を担当する司祭2人と共に八代教会などを訪問し、信徒らに被災の状況や地域の課題について聞いた。

震災直後から地域住民の支援に動き始めた八代教会の
信徒らと、主任のブランビッラスカ・フェルッチョ
神父(ミラノ外国宣教会/右から3人目/8月7日)

 震災後、車で八代教会や信徒宅の訪問を始めた牧山美好(みよし)神父(福岡教区)によれば、自身が担当する手取(てとり)教会から八代教会まで(約40キロ)は、一般道の国道3号線を南下するルートで通常1時間余り。だが今回の地震で高速道路は通行止めになり、救援車両なども国道3号線など通行可能な道路に集中した。7月末時点では「片道2時間半以上、渋滞にはまれば4~5時間」かかる状況だったという。
 CJの視察時には渋滞も軽減していた。一行は車内から沿道の被災状況を確認しながら2時間余りで八代に到着すると、シャルトル聖パウロ修道女会の八代修道院を訪問した。
 修道院は建物に目立った被害はなく、井戸水を利用しているため断水もしていなかった。敷地内の「シャルトル聖パウロ修道院記念館」(登録有形文化財/1900年竣工)は、建物が土台から20センチ余りずれるなどの被害があった。
 同修道院から徒歩数分の八代教会では、断水が続く中、信徒らが信徒会館で水や日用品などの支援物資を住民に提供していた(現在、休止中)。フィリピンやベトナム出身の人たちが次々に訪れ、各自、必要なものを選んで受け取っていた。

支援物資を持って訪れた福岡教区とカリタスジャパンの
関係者ら(左)を笑顔で迎える八代教会の信徒(中央)。
その間も物資を受け取りに来る人が相次いだ(8月7日)

 八代教会では断水が続くため掃除も難しく、被災した聖堂、司祭館や信徒会館の片付けは、ほぼ手つかずの状態だった。物資を配布していた信徒らの自宅も同様だ。信徒会長の満島惠子さん(73)は「(自宅は)もう“ごみ屋敷”で、足の踏み場もない」状態だと話す。
 満島さんによれば、そうした状況の信徒たちが地域の支援活動を始めたきっかけは、発災翌日の7月29日、自分たちのためにと、水などの支援物資が教会に届いたことだったという。
 物資は、被災した八代教会の司祭館から水俣教会の司祭館に住まいを移したフェルッチョ神父と水俣教会の信徒有志が届けたもの。さらに熊本の手取教会や帯山教会から届けられたのは「手作りの料理」だった。インスタントの食事が続いていた中で、「とてもうれしかった」と満島さんは振り返る。
 こうして7月31日、届けられた支援物資を分かち合おうと、八代教会の有志で物資の配布を始めた。フェイスブックを使い、外国出身の人にも多言語で利用を呼び掛け、通りがかりの人にも声を掛けた。
 被災した信徒の一人は、自分もこうした物資の分かち合いに携われることが「うれしい」と話す。

支援物資が並ぶ信徒会館の入り口の棚の上には、聖母
像の顔部分が布を敷いた小箱の中に置かれていた。
地震で倒れて壊れた像(写真左)の一部で、大きく
破損した胴体部分は床に倒れたままだ(左/8月7日)

 視察の一行は、シャルトル聖パウロ修道女会が運営する児童養護施設「八代ナザレ園」も訪問した。
 園では児童30人が生活している。震災後の猛暑が続く中、避難所にいる人や車中泊を続ける人がシャワーを利用できるよう、児童が使用しない時間帯に、シャワー施設を開放した。同園は井戸水を利用しているため、震災後も断水を免れた。

視察中、八代ナザレ園に設置されたシャワー
施設を撮影する森山信三司教(8月7日)

 シャワーの提供は好評で、利用は当初3~4時間待ちだった。施設長の鎌田(かまだ)隆裕さんによれば、このサービスは「当面の間」のつもりだったが、園の活動を支援しようと能登半島地震の被災地に設置されていた簡易の個室シャワー8室が支援団体によって提供され、現在16の個室シャワーが稼働。支援団体の協力でサービス提供も軌道に乗り、利用の待ち時間も緩和されている。
 訪れた人の駐車場への誘導、受け付け作業で人手が不足していたが、卒園生がボランティアで手伝ってくれているという。
 「支援活動を始めるとメディアの取材対応も加わり、仕事が増えてしまう面もありますが、これを機にナザレ園という場(児童養護施設)を地域の方々に知っていただければ」と鎌田さんは話していた。
 カリタスジャパンは、こうした教会内外で始まっている支援の動きも踏まえ、福岡教区の今後の活動をサポートしていく。

八代ナザレ園で施設長・鎌田(かまだ)隆裕さん(左
から2人目)に話を聞く視察のメンバー(8月7日)
 福岡教区の今後の活動を検討

 一行は八代から熊本に戻り、午後7時から手取教会で、熊本地区を担当する牧山神父ら司祭、信徒と意見交換を行った。
 この日、八代を視察した福岡カリタス担当の寺浜亮司神父(福岡教区)は、発災以降、八代教会で5~6人の信徒が物資の配布を精力的に続けてきたことに言及。集まった物資をほぼ配り終えたため、信徒たちが「本日をもって、いったん配布を止める」と決断したことも伝えた。
 カリタスジャパン秘書の橋本晶子修道女(援助修道会)は、「被災住民のニーズ(必要)と、それに応えたいと望む八代の信徒たちの善意に、どう寄り添い、支援していくか」が私たちの課題だと指摘した。
 森山司教は、外国出身者が次々と八代教会に物資を受け取りに来ていたことに触れ、震災で失職した人だけでなく、さまざまな事情から「無職」の状態に置かれている人たちにも目を向ける必要性を示した。
 話し合いには熊本地区の青年も加わり、八代を支援する方法や可能性について意見を交わした。
 視察をした人らは午後8時から、成井司教や全国各地のERSTメンバーとのオンライン会議に臨み、福岡教区の支援活動の方向性について意見交換を行った。

成井司教らもオンラインで参加した会議(写真)
では、福岡教区へ寄せられる支援の申し出や、
教会内外の支援の動きも共有した(8月7日)
 福岡教区の今後の活動方針

 8月10日に発表された活動方針(教区ウェブサイト「熊本地震 特設サイト」参照)の柱は、①「八代教会と教会につながる地域との関わり」②「ボランティアパック」(通称「ボラパック」)③教区本部に支援活動を円滑にするための事務局(支援室)設置、の三つ。
 ①では、特に全ての被災者、被災したり仕事を失ったりした外国出身者、一人暮らしの高齢者、生活に困窮している人たちと関わり、必要な支援につないでいく。
 ②のボラパックは、被災地域の社会福祉協議会などが行うボランティア活動への参加を目的に、教区が定期的に企画・催行するもの。開催時期や内容については、現在調整中。

2 被災小教区の有志に寄り添い、地区も動き出す

 八代教会と教会につながる地域の支援へ

 教区が活動方針を発表した当日から、ERSTは方針に基づく活動が軌道に乗るよう、現場の声を聞き、柔軟に動き始めている。
 手始めは、八代教会の片付けだ。8月7日の視察時、フェルッチョ神父は八代の信徒の負担軽減も考慮し、「片付けを始めるのは断水解消後になる」と見込んでいた。だが同月10日に寺浜神父とERSTメンバーが再び八代教会を訪問し、棚から落ちて割れた大量の食器類などの片付けにかかった。
 八代の信徒たちは、片付けてほしい場所などをERSTらに伝えるために作業に立ち会った。その一人、満島さんは、「聖堂や司祭館、信徒会館をあっという間に片付けて、見事に掃除してくださったので、見ていてとてもうれしかった」と話す。

 八代教会がつながりの“交差点”に

 ERSTは、翌日以降も八代教会を通して活動を続けた。同月11日は、一人暮らしをしている同教会の信徒宅の片付けを始めようとしていた前田成美さん(65/水俣教会)と八代教会で出会った。ERSTはその場で軽トラックを手配し、壊れた家具を搬出する段取りを整え、翌朝、前田さんと共に支援先へ向かった。
 訪ねた先は、八代教会の中島(なかしま)マサ子さん(80)宅だ。当日の最高気温は34度。ERSTら3人は、被害を受けたたんす4棹(さお)を2階から1階に下ろし、軽トラックに積み込んだ。午後は、それら被災ゴミを処分場へ運ぶ作業を行った。

自宅の片付けを終えたERSTらに感謝する中島(なかし
ま)マサ子さん(右/8月12日/写真提供・前田成美)

 前田さんは震災後、ERSTをはじめ「八代教会でさまざまなうれしい出会い」があり、神の計らいを感じるとこう話す。
 「この日の夕方、八代教会に車を取りに行くと、ちょうど久留米の(社会福祉法人)『平和の聖母』から水の入った段ボール箱33箱が届きました。(私と高齢の信徒の2人で)どうやって信徒会館の中へ運び込むかと思案していたところへ、外国人の方が数人来られたので運ぶのを手伝ってもらい、お礼に水を差し上げることもできました」
 八代教会には熊本の外国人グループが支援物資を持って訪れ、八代に住む外国出身者に直接、物資の配布も行っている。

 避難所に出向き、初めてカフェを開く

 8月14日、ERSTからの提案で、八代市立第四中学校避難所でカフェ活動を行った。
 活動に参加したのは、フェルッチョ神父ら熊本地区の司祭3人、応援に来た八代教会の信徒らに、ERST3人を含め総勢12人。八代教会から長机、湯沸かしポット、菓子、インスタントの紅茶、コーヒー、緑茶などを運び込み、カフェを開いた。
 皆がカリタスジャパンのビブスを着て、利用者の声に耳を傾けた。足が悪くカフェに来られない人たちには出前をし、その場で話を聞いた。
 避難所にいる幼い子どもに対応した信徒によれば、その場にあった、菓子が盛られた盆を使って一緒に“お店屋さんごっこ”をして遊んでいると、喜ぶ子どもの様子に、一緒にいた母親も「うれしそう」にしていたという。
 利用者からは、「在宅避難で食糧がなくなり避難所に来た」「温かいコーヒーを震災後初めて飲んでおいしかった。ホッとした」などの声が聞かれた。
 避難所にいる人たちの間で、「あんたももらったら? おいしいよ」などと声を掛け合う姿も見られたという。
 八代の信徒にとって、初めてのカフェ活動。終了後の振り返りで、一人は次のように話した。
 「重そうな足取りで、沈んだ顔をして(カフェに)来られた方が、自分の場所(段ボールで仕切られた一角)に戻る時には、背筋を伸ばして、うれしそうに帰っていかれる。その姿を見て、私もうれしかった」

初挑戦したカフェ活動。終了後、まず避難所で活動を
振り返り(写真)、撤収後は八代教会に場所を移して
振り返りを行った(8月14日、写真提供・前田成美)

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