ジョットとフランシスコ会 イタリア文化会館で講演会

目次

ジョットとフランシスコ会 イタリア文化会館で講演会

 今年はアッシジの聖フランシスコ(以下、聖フランシスコ)没(1226年)後800年に当たる。聖人の功績をたたえるために建てられた聖フランシスコ大聖堂(以下、大聖堂)の上堂に、イタリアの画家・ジョットが、その生涯28場面のフレスコ画を制作したのは、死後70年のことだ。ジョットが、聖フランシスコをどのような存在として位置づけていたのかを解説する講演会が3月26日、東京・千代田区のイタリア文化会館で開かれ、320人余りが参加した。

 物語を「経験」するものに変えたジョット

 導入として、九州大学大学院人文科学大学院准教授で、イタリア美術の研究者である伊藤拓真さんが、聖フランシスコの生涯とジョットの絵画表現について紹介した。
 聖フランシスコは、イエスと同じ所に「聖痕」を受けたと言われている。伊藤さんは「これは単なる奇跡ではありません。中世の人々にとっては、キリストの受難そのものを意味していたのです。つまり聖フランシスコはキリストに最も近い存在、いわば『第二のキリスト』と見なされたのです」と話す。
 ジョットの絵画表現については、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の『ユダの接吻(せっぷん)』を例に解説。この作品では、登場人物たちがまるで目の前にいるかのように描かれている。
 「それまでの宗教画では、聖人は現実の人間と言うよりも象徴的な存在として描かれ、出来事が目の前で起きているというよりも、(見る人に)その意味を示す物として受け取られていました。しかしジョットの絵画では、人は重さを持って地面の上に立ち、互いに視線を交わし、驚き、悲しみ、喜びます。人物は身体を持つ存在として、空間の中に置かれ、身ぶりや表情によって物語を語り始めます」
 ジョットは宗教的な物語を「意味」として読むものから、その場で「経験」するものへと変えた、と伊藤さんは話した。

 聖フランシスコを語り直す

 続けて英国・ケンブリッジ大学教授で、イタリア地中海の美術史を専門とするドナル・クーパーさんが、ジョットが大聖堂上堂に描いたフレスコ画とその配置について解説した。ジョットが聖フランシスコにまつわる「聖痕」「小鳥への説教」「死」などの重要な場面を強調し、キリストの生涯との間に類似の関係性をつくり出していること、そして聖フランシスコに、「人類救済」の物語の中の特別な役割を与えていることを説明した。
 クーパーさんは、ジョットのフレスコ画には「聖フランシスコは、今や啓示と救済の壮大な構図の中に位置づけられた、メシア的主人公として表されています。彼は旧約の預言者、新約の使徒、さらにキリスト自身と並ぶ存在として提示されています」と話す。死後70年を経て、人々から聖フランシスコの記憶が消えつつあった時に、これらの作品によって聖フランシスコが「神話的人物」に変化し、語り直されたと指摘した。
 質疑応答では、「ジョットの(芸術)表現と聖フランシスコの信仰のつながりは」という会場からの質問に、クーパーさんは「ジョットのキャリアはフランシスコ会の活動と密接に結びついています。ジョットがイタリアの各地で活躍できたのも、フランシスコ会のコネクションがあったと推定されます。ジョットはフランシスコ会の考えを、芸術的な観点で表現することにとても熱心でした。ジョットはフランシスコ会の第三会に関わっていたのではないか、という説もあるくらいですから、ジョットは(聖フランシスコに)共鳴していたのではないでしょうか」と答えた。

会場からの質問に答えるドナル・クーパーさん(左)と伊藤拓真さん
  • URLをコピーしました!
目次