三輪籌子(ひさこ)修道女(ショファイユの幼きイエズス修道会)

3月24日、大阪市内の病院で出血性胃潰瘍のため逝去。90歳。1935年広島県生まれ。63年同会入会。65年初誓願。初誓願後、和歌山信愛(和歌山)、豊島(東京)、神戸の同会修道院に派遣され、幼稚園教諭として幼いいのちに奉仕した。熊本ではイエズスの聖心(みこころ)病院で事務職、大阪信愛女学院短期大学(当時)では学生寮の寮監として学生たちに同伴した。大阪信愛女学院高等学校(当時/以上大阪)では非常勤講師として宗教科を担当しながら、英知大学(兵庫)神学科(当時)で学び、研さんを積んだ。その後も各地で宗教科の教諭として奉仕したが、特に大阪信愛女学院には20年余り勤務した。高齢になっても、キリスト教教育への熱意はあらゆる世代に開かれていた。日々の共同体の買い出し、困りごと相談や病者の世話に至るまで喜んで奉仕。地域の人々、行きつけの店の店長、交番の警察官とも親しくあいさつを交わす「気さくなおばあちゃん」的存在だった。修道生活60年5カ月の生涯を、さりげなく神の愛を伝える宣教者として生き切った。

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