映画『三角屋の交差点で』 英語字幕付きで伝える 揺れる原発被災地の心

 2011年の東日本大震災と福島第1原子力発電所の事故後、浪江町(福島県)から避難を余儀なくされた一家のドキュメンタリー。
 原発事故以降、福島をテーマに映像製作を行っている山田徹監督が、震災から7年たち、故郷に戻るか、新たな生活を選ぶかの選択を迫られていたある高齢の母と息子夫婦の日常にカメラを向けた。それまで語られることのなかったそれぞれの思いが、ゆっくりとあらわにされていく。いま、震災以降、発災時、そして震災以前へと、それぞれの記憶をたどりながら。
 99歳の母テツは、認知機能が衰えていく中でも「大熊町(同県)の生家に帰りたい」と、思いを募らせている。
 一家は、いま暮らしているいわき市(福島県)の災害公営住宅から浪江に残した自宅に向かう際、県沿岸部を走る国道6号線を北へ向かう。その途上、大熊町で通過するのが、信号が黄色く点滅し続ける、この作品のタイトルにもある「三角屋の交差点」だ。
 この交差点からは、一家がこれまでに何度も往復した浪江への道が延び、大熊町の再開発地域にも続いている。だが原発のある海岸へと向かう道は、この作品が公開される時点でも閉ざされたままだ。
 息子のタケマサ(75)は、避難と同時に浪江の自宅と、長年営んできた印刷所とを失った。母の老いを直視できず、介護は妻シゲコ(75)に「任せて」いる。家も家業も失った自身の生きづらさや、不器用さも見え隠れする。
 一方、妻のシゲコは家も家業も失ったことで「自由」を感じ、家族の中での自身の立場や生き方を見つめ直し始めていた。
 ある日、すでに取り壊しの決まっている浪江の家に、かつて暮らしていた3世代が集い、家との別れを惜しむ飲食の席を囲んでいた時だ。タケマサ夫妻の息子の一人が、これまで震災後の書類作成を母親に押し付けてきた父を“告発”し始めて――。
 町の復興が進む一方、放射能汚染によって故郷を失った人々の現状は見えにくくなっていると言われているが、この作品は、見えにくい現実の一端に光を当てようと試みているようだ。
 鑑賞後、気持ちがすっきりする人は少ないかもしれない。だがその言葉にしにくい心情は、福島の人々が生きる現実とつながっているのではないだろうか。
 本作品は全編、英語字幕付き。外国出身の人にとっても浜通りの文化を知り、人々の現実に思いを寄せる手掛かりになるだろう。
 上映時間は95分。ポレポレ東中野(東京)で公開中。フォーラム福島(福島)ほか全国で順次公開。作品のサイトはこちら

©︎Toru Yamada / IMPLEO Inc.
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