聖木曜日、聖香油のミサ 自らを明け渡し始まる使命
【ローマ4月2日CNS】4月2朝、聖ペトロ大聖堂でささげられた聖香油のミサで、教皇レオ14世は信者たちに、心地良いことや権力、支配を拒絶し、自らをささげる愛に根差した使命――たとえそこにはリスクや弱さや苦しみが待ち受けていたとしても――を受け入れるよう促した。
続けて、世界の危機に応える中で感じる恐怖や無力感を乗り越えるよう求めた。
「歴史上のこの暗黒の時に、死の悪臭が漂うところに、キリストの香りを広めるために私たちをお遣わしになることこそ、神のみ旨です。一致を求め、平和をもたらすこの使命に、『はい』と新たに応えましょう」
聖香油のミサ説教の中で教皇が特に強調したのは、教皇自身の目を通して見た、福音宣教をする教会の使命だ。
まず、キリスト者の宣教の使命を受け入れることは、新たな何かに足を踏み入れるために、よく知っていたり確信を持っていたりすることから離れるリスクを負うことだ、と述べた。
「全ての使命は、自らを明け渡すことから始まります、そうすることで全てが生まれ変わるのです」
まさにこの自らを明け渡す行為を通して、キリスト者はキリストの愛に出会える、と教皇は説き、聖香油のミサ説教の中心に、キリスト者の愛の本質を据えた。それは権力にではなく、自らを明け渡すことに根差している。
「イエスが歩まれた旅路は私たちに、喜んで自らを捨て明け渡すことは、終わりを意味するものではなく、出会いと親密になるための条件になるのだと示します。無防備な時にこそ愛は確たるものになるのです」
さらに、真の平和は心地良いところにとどまっていては築けず、宣教の使命が求めるリスクを引き受け、執着を捨てることによって築かれると述べた。それこそを「使命の基本的な秘訣」と呼び、「まずは恐れずに手放すことで全てが回復され、何倍にも増やされていきます」と語った。そしてその過程は「あらゆる新たな始まりや、あらゆる新たな派遣のうちに」繰り返されるとした。
神は信者たちにリスクを負うことを求め、そうするならば「どんな場所も牢獄とはならなくなり、どんなアイデンティティーも隠れ家とならなくなります」と教皇は続ける。またあらゆる使命において、過去との和解、つまり「私たちが育ってきた環境からもたらされるたまものや限界」との和解が必要になると語った。
信者が慣れ親しんだ心地良いものから、自らを切り離すことができれば、無私の奉仕といのちを分かち合うことを通して、他者と「出会う」に違いないと教皇は断言する。
十字架は宣教の使命
最後に教皇は、この使命は少数の人のための「英雄的な冒険」ではなく、むしろ「多くの信者たちが形づくるキリストの体の生きた証し」で、全ての使命には拒絶されることや苦しみが伴うと語った。
教皇は、ナザレの人々がイエスのことばを耳にしたとき、怒りに満ちて、イエスを町から追い出したことを思い起こした。全てのキリスト者は、イエスのように、試練を「経験」しなければならないと述べる。
「十字架は宣教の使命の一環です。派遣されることは、よりつらく、恐ろしいものとなるでしょう。けれども同時に、より自由で自在に変化できるものにもなるのです」
教皇は使命の成否は結果ではなく、弟子たちの神への忠実さと神に置く希望だと強調する。イエスは「世界を荒廃させる権力によって引き裂かれた世界」に、旅路の一歩を踏み出したと述べ、「その世界で、犠牲者としてではなく、証し人として新たな人々を立ち上がらせられたのです」と聖香油のミサ説教を締めくくった。

