【バチカン2月11日CNS】聖書を知らないことは、イエス・キリストを知らないことだと、教皇レオ14世は2月11日、バチカンのパウロ6世ホールで開かれた一般謁見での講話で語った。
「聖書を読み、黙想する究極の目的は、キリストを知ることで、キリストを通して神との関係を築くことです。その関係は、会話あるいは対話と言えるでしょう」と教皇はイタリア語の講話の中で説明する。
来週の2月18日から始まる四旬節に触れ、四旬節は「主への理解と愛を深め、私たちの心と生き方を顧み、同時にイエスとイエスの私たちに対する愛に、まなざしを再び向ける時です」と教皇は英語によるあいさつで述べた。
「私たちが日々自らの十字架を背負い、キリストに倣おうとする中で、四旬節中の祈りと断食と施しが、力の源泉となりますように」と祈りであいさつを終えた。
教皇は今週も引き続き、イタリア語による講話で、第2バチカン公会議、特に『神の啓示に関する教義憲章』と神のことばについて話をした。
神のことばはキリスト者にとって、慰めと導きと力の源泉だと語り、神のことばは他者と分かち合われるべきものだ、と述べる。
「実際、私たちは非常に多くの言葉に囲まれて生きていますが、どれほど多くがむなしい言葉でしょうか!」
「それとは正反対に、神のことばは、人生の意味や真理に対する私たちの渇きに応えてくれます」「常に新たなものは神のことばだけで、神の神秘を私たちに明らかにしてくれ、そのことばは尽きることがなく、その豊かさを絶えず与え続けてくれるのです」と教皇は強調する。
聖書はイエスを知る手段
聖書は「受肉した生きた神のみことばであるイエス・キリストを知るための手段だと言えます」「事実、聖書で祈るとき、神との親しい関係への扉が開かれます。神は、その聖なる書物を通じて、私たちに神との会話を始めるよう招いておられるからです」と教皇は英語による要約で説明した。
「聖ヒエロニモが正しく指摘したように、聖書を知らないことは、イエス・キリストを知らないことです」と教皇は繰り返し、全ての信者たちは毎日、聖書のことばを読んで黙想するよう励ました。そうして「私たちの心と思考が養われ、人生の充足へと導かれるのです」。
さらに英語による要約を続け、神のことばとカトリック教会の間には「深遠で活力に満ちた関係」があるとし、「教会に託され、教会によって守られてきた聖書は、何よりもご聖体を賛美する中で、その意味を示し、人生における力と教会の信仰を鮮明にします」と説明。
「そのため、教会は聖書を変わらず黙想し、解釈していきます。なぜなら、聖書は受肉した生きた神のみことば、すなわちイエス・キリストを知るための手段であるからです」と繰り返し強調した。

