【バチカン1月18日ОSV】承認、大衆の賛同、注目度は現代の社会において、しばしば過度に重要視されており、人々の考えや行動、自己理解さえも形成してしまうほどだ、と教皇レオ14世は1月18日の「お告げの祈り」の言葉の中で警鐘を鳴らした。それによって、脆弱(ぜいじゃく)で最終的に失望に至る個人的な苦しみ、社会の分裂、人間関係へとつながりかねないと、教皇は警告する。
それらを求めることは、「幸せの代わり」を求めるだけ。真の充足は過ぎ去っていく成功や名声の上に築かれるのではなく、それぞれの人は神に愛され、必要とされていると信じることの中にある、と教皇は説いた。
「承認、賛同、注目度は、しばしば過度に重要視されすぎています。人々の考えや行動、その内面の生き方さえも形づくってしまうほどです」。サンピエトロ広場に集まった訪問客と「お告げの祈り」を唱える前に、教皇は語った。
「それによって苦しみや分裂が引き起こされ、不安定で、失望し、閉じこもってしまうようなライフスタイルや人間関係が出来上がっています」
日々「荒れ野へ下る」時を持つ
教皇レオはこの日の福音箇所(ヨハネ1・29―34)のイエスと洗礼者ヨハネからの教えを取り上げ、神は劇的な示し方で人々に印象を与えようとするのではなく、人の苦しみに寄り添い、その重荷を分かち合ってくれると指摘。そうした神の現存が、全ての人の持って生まれた価値と尊厳を明らかにする、と説明した。
「私たちの喜びとおおらかさは、成功や名声といった過ぎ去っていく錯覚の上に築かれるのではありません。私たちは天の御父に愛され、必要とされていると知ることの中にあるのです」
教皇レオ14世は信者たちに、教皇が言う「神の現存」に注意を払いつつ、見かけやうわべだけの目標に気を散らさないように、と注意を促した。
「洗礼者ヨハネが教えたようにいつも目を覚まして、単純さを好み、自分の言葉に誠実で、質素に生き、思いと心の深みを増していきましょう」と励ました。
教皇は続けて「本質的なものを大事にして、日々可能であれば、立ち止まって静かに祈り、黙想し、耳を傾ける特別な時間を設けましょう。言いかえると、主と出会い、共にい続けるために『荒れ野へ下る』時を持つのです」
「お告げの祈り」の後、教皇は、晴れ渡ったローマに集まった信者たちに、「キリスト教一致祈祷週間」が始まったことを告げた。同週間は1月18日から始まり、25日まで続く。

