7月26日、大阪市内の病院で脳挫傷のため逝去。81歳。1944年福岡県生まれ。58年同会入会。66年初誓願。72年終生誓願。74年司祭叙階。同年志願者のマエストロ(福岡)。78年フィリピンで研修。79年聖パウロ学園指導司祭(東京)。84年からサレジオ大学(ローマ)で教育学を学んだ。88~97年「家庭の友」編集長。89~1991年若葉修道院院長。89~1995年カトリック中央協議会家庭委員会(当時)秘書。97~2002年カトリック新聞(当時)編集長。03~07年同会管区顧問に選出され、副管区長を務めた。08~2013年若葉修道院院長(以上東京)。16年大阪修道院に異動し、大阪梅田教会、関目教会などで司牧奉仕した。助祭の頃から司牧者としての熱意を示し、「カトリック信者であろうとなかろうと、人々と直接触れ合うことは、人間の心をより深く理解する上で非常に役立つ」と考え、「これは私たちの特別な使徒職にとっても非常に重要である」と認識していた。大阪高松教区での司牧活動においては、日曜日の説教のために十分な準備をし、明快で分かりやすい説教で高く評価された。美しい声の持ち主でもあり、ミサや聖体賛美式など、種々の儀式を荘厳で感動的なものにしていた。

