年間第2主日 1月18日(キリスト教一致祈祷週間〈25日まで〉) 独りでは進まない!

 27歳、就職もせず、人生の決断の時が迫っていました。思い立って生まれた町へ自転車で向かいました。途中に洗礼を受けた教会があり、人目を避けて聖堂に入り、さっと出ました。「いつまでもブラブラせずに、早く親を安心させてあげなさい」「寺浜は毎日が日曜日」等々。何度も言われてウンザリ、ビクビクする日々。
 川のほとりに腰かけて、しばらく流れる水をじーっと見ていました。人は回心するときに水が必要なのかもしれません。「もう諦めよう、神父になるしかない」「そのために、あの怖そうな神学校に入学しなければならない(+_+)」。

 覚悟を報告するために再び教会へ、自転車をこぎ出そうとした瞬間、ペダルが外れました…(-_-;)。「やめろ」というお告げなのか?( ゚Д゚) しかも雨まで降ってきて、ほんとにみじめでした(梅雨生まれのためか、大事な時はいつも雨、叙階式の日も途中から雨が降り、皆さんにご迷惑をかけてしまいました)。
 なんとか自転車屋さんに着いて、「すみません。修理をお願いできますか?」。「今、主人はおらんとよ。そこで修理してよかよ」と自転車屋さんのお母さん。「ラッキー外」。ポケットには200円しかなかったので、「ご主人が帰ってくる前に、さっさと修理してここを脱出しよう」。なぜかご主人に見つかれば叱られる気がして、ビクビクしながらの修理。「早く、早く」と慌てれば慌てるほどうまくいかない…。
 その時、背後に気配が…。恐る恐る振り返ると、ご主人。万事休す…(-_-;)。「修理していいと言われたので…」。わたしの手から道具を取って、ご主人は修理を始められました。「恥ずかしい…(T_T)」。逃げて言い訳ばかり、人を信じることができなかったんです。
 ご主人が最後は自分でやってみなさいと道具を渡してきました。見よう見真似でなんとか修理は完了。「勉強になったやろ?」とご主人がほほ笑んでくれました。わたしも笑顔でうなずきました。あの笑顔と声はわたしの心にやさしい息吹として通り過ぎて行きました。「お幾らですか?」。手振りで「いらない」とご主人。お金では買うことのできない大切な出会い。帰りは聖堂でゆっくりイエス様に報告ができました。

 聖霊(聖なる息吹)が天から下り、イエス様の上にとどまる。それをあなた方は見る。その方は神様の子。
 人々の苦しみ、悲しみ、恥ずかしさ、全てを水の洗礼によって流してくれた洗礼者ヨハネ、その人々を聖霊の洗礼、やさしさで包んでくださるイエス様。

 「これからは自分の力ではなく、自転車のペダルのように右と左、イエス様と自分とでこいで行くのか…」

          (寺浜亮司神父/福岡教区 カット/高崎紀子)

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