新教皇誕生に立ち会って 前田万葉枢機卿 談話

 私は5月6日午後5時ごろ、「新教皇のAI予想 五月空」 という句が浮かぶほど、のんきな気持ちで聖マルタの家に到着しました。
 ところがそこに着くと直ちに荷物検査が行われ、国際空港よりも厳しい検査を受けることになりました。私が持っていた二つのバッグは、検査機を通して確認したばかりなのに全開にされて、電子機器類は全て取り上げられ、密封されて全く使えなくなりました。私は時間も分からなくなり、完全に幽閉されてしまったのです。不安なまま眠れない夜を過ごし、いよいよ翌7日、コンクラーベ(教皇選挙)が始まりました。
 午前10時、聖ペトロ大聖堂にはあふれんばかりの人が集まり、荘厳盛大なグレゴリアンミサが行われました。昼食を挟んで午後4時30分、いよいよシスティーナ礼拝堂でのセレモニーが始まりました。バチカン聖歌隊の天使のような歌声と礼拝堂の素晴らしい壁画に圧倒されているうちに、一人一人の厳粛な宣誓が始まりました。この場面は一般にも公開されましたが、映画「教皇選挙」の通りでした。
 その後、礼拝堂は完全に閉鎖され、選挙権を持つ133人の枢機卿たちが残りました。意外だったのは、厳粛ながら会話もあり、和やかな雰囲気の中で選挙が始まったことでした。投票の際には、これも映画に描かれていた通り、票を示しながら祈りを唱え、投票つぼのふたに票を載せて、ふたを傾けてつぼに入れ、ふたは元に戻して、次の人が同じように投票しました。
 8日目は午前中に2回の投票を行い、午後の投票となりました。新教皇になられた候補者に3分の2以上の票が入った時点で拍手が湧き起こりました。聖母マリアと聖霊の働きがあったと感じました。この歴史的選挙に関わった経験は忘れません。

カーディナル コンクラーベの聖五月

 新教皇はすぐに投票結果を受け入れ、即、白いズケッタとスータンに着替えて現れると、レオと名乗る宣言をしました。全枢機卿が列をつくり、新教皇とあいさつを交わしました。私は「デオ グラツィアス(神に感謝)」と声をかけて抱擁を交わしました。私自身が召命を受けた時に支えとした聖句「お言葉ですから網を降ろしてみましょう」が思い浮かびました。大漁でありますようにと祈りを込めました。

パパレオーネ デオ グラツィアス 衣更え

 その後、夕方の聖ペトロ大聖堂広場にあふれた人々の歓声は報道通りです。

パパレオーネ ビバ パパレオーネ 五月晴れ

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