キリシタン版『日葡(にっぽ)辞書』の編さん過程を探る 大阪大学でワークショップ

 16世紀末から17世紀初めにかけて、日本を中心にイエズス会が刊行した印刷物は今日「キリシタン版」と呼ばれている。キリシタン版『日葡(にっぽ)辞書』は、日本語をポルトガル語で説明したものだ。1603年に「本篇(ぺん)」、04年にそれを補う内容の「補遺篇」が長崎で刊行された。日本の研究者らがその稿本(印刷前の下書き)の一部を、2024年にフランスのトゥールーズで、25年には中国・北京で相次いで発見した。
 本書の編さん過程を解明するための手掛かりになり得る、これらの資料について報告するワークショップが2月3日、大阪大学豊中キャンパス(豊中市)で開かれた。同大学グローバル日本学教育研究拠点プロジェクトの一つ「キリシタン新出資料の多角的分析:トゥールーズ断簡を中心に」の主催により、オンライン含め120人余りが参加した。

 表紙裏は語る

 大阪大学大学院人文学研究科・教授の岸本恵実さんが、二つの稿本発見の経緯を説明した。
 岸本さんは24年、トゥールーズ図書館所蔵のキリシタン版『サカラメンタ提要』(1605年刊。ルイス・デ・セルケイラ司教が編さんした典礼書)の閲覧申請をした。たまたまパリの展示会に貸出中で閲覧はかなわなかったが、担当者とやりとりをし、調査を進める過程で、同書の表紙の補強材の中に『日葡辞書』の「補遺篇」の稿本の一部が使われていることが分かったのだという。
 岸本さんは25年秋にも中国国家図書館で調査を行い、同館所蔵のキリシタン版『精神修養の提要』(1596年刊。ラテン語で書かれた修養書)からも同じく、表紙の表見返しと裏見返しの補強材に『日葡辞書』の「本篇」の稿本が使われていることが判明。この稿本と実際に刊行された『日葡辞書』とを比較しながら、ポルトガル語による説明に推敲(すいこう)の跡があること、刊本にはない見出し語があることなどを説明した。
 岸本さんと共に本研究を行っている上智大学基盤研究センター・特任助教の中野遙さんは、トゥールーズで発見された稿本について刊本と比較しながら話した。中野さんはトゥールーズの「補遺篇」稿本では、見出し語が刊本と一致していること、見出し語の配列については差違があること、見出し語の説明自体は刊本とほぼ一致していることなどを解説した。そして、トゥールーズの稿本と北京で発見されたものとをあわせて見ることにより、『日葡辞書』の複雑な編さん過程をうかがい知ることができると指摘した。
 キリシタン版の製本に『日葡辞書』の下書きが使われたことが分かったように、今後も新たな資料発見の可能性がある。ワークショップに参加した京都大学人文科学研究所・准教授の平岡隆二さんは質疑応答で、これらの資料から『日葡辞書』の編集過程が確認できたことは大きな成果とし、「キリシタン版の表紙裏研究の重要性を教えられました」と感想を話した。
 イエズス会士による書簡の筆跡との比較で、稿本を書いた人物が特定できる可能性があるか、という会場からの質問に岸本さんは、「今後、フランスでトゥールーズの稿本が公開される予定があると聞いているので、そこでさらに研究が進展するかもしれません」と答えた。

ワークショップでの質疑応答(主催者提供)
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