7月1日、老衰のため逝去。101歳。1924年長崎県生まれ。長崎の純心高等女学校3年生に編入し志願生となる。同会が大村に疎開していた頃であり、厳しい条件の中での修練期を過ごした。50年初誓願。59年終生誓願。初誓願後は長崎、鹿児島の純心女子学園で教諭として勤務した。73年からは恵の丘(長崎)、小野田(山口)の福祉施設で7年間施設長を務めた。故里脇浅次郎枢機卿の依頼を受け、同会が80年から始めたブラジル宣教では、その先発隊の長として4人の姉妹と共に出発した。2000年8月までの20年間、ブラジル宣教の傍ら、多くの人々を修道召命へと導いた。万難を排して突き進む姿は、強い信仰と忠実さによるものと言える。帰国後はすぐに小野田老人ホームへ派遣された。13年間の奉仕を終え、13年4月に病気療養のためにロザリオの聖母修道院へ異動した。25年11月から体調を崩し入院。7月1日早朝に、老衰のため御父のみもとに召された。

