広島・長崎への原爆投下から80年を迎える今年の夏、カトリック信者の松本准平さん(40/成城教会)が監督を務めた映画『長崎―閃光(せんこう)の影で―』が公開される(日本カトリック司教協議会推薦)。原爆投下後の長崎で、看護学校の同級生のスミ、アツ子、ミサヲが被爆者らの命を救おうと奔走する物語だ。長崎出身で被爆3世でもある松本さんに、映画製作の経緯や作品に込めた思いを聞いた。

祖父の被爆体験との出会い
松本さんは映画プロデューサーの鍋島壽夫(ひさお)さんから、原爆投下後の長崎を描く映画の製作を打診され、2019年から準備を始めた。鍋島さんは、長崎の原爆投下までの24時間を描いた映画『TOMORROW 明日』(1988年公開)のプロデューサーで、いずれは原爆投下後の世界を描きたいという構想を持っており、適任の監督を探していたのだという。
「中学校 に行く時には爆心地を通らなければならなかったですし、長崎出身の被爆3世としての意識は(以前から)ありました。信者として愛の教えを常に聞いている一方で、それとは全く違う、原爆を落とされた世界 で生きているということを、強く意識していた」松本さんは、「いつか原爆のことを(映画で)描いてみたい」と思っていた。
映画の脚本は『閃光の影でー原爆被爆者救護 赤十字看護婦の手記―』(日本赤十字社長崎県支部)を基に、松本さんが考えられる限りの資料に当たって執筆された。その準備の過程で、ふと祖父・徳三郎さんの名前をネットで検索してみると、長崎新聞のウェブサイトに徳三郎さんの被爆体験の手記がアーカイブとして残されているのが見つかった。
「祖父が被爆者の会で長年活動していたのは知っていましたが、原爆の話を直接聞いたことは一度も記憶にありませんでした。その手記には、聞いたことのないことが書かれていました」
手記には防空壕(ごう)を掘っている時に原爆が落ちたこと、仲間数人で友人を探しに行ったものの、友人の姿を見て怖くなって逃げ出したこと、核兵器廃絶への思いなどが書かれていた。既に映画を撮影すること自体は決まっていたが、松本さんは手記を読み「自分の祖父のことを撮るんだ」という気持ちを強めた。

看護学生の(左から)アツ子、ミサヲ、スミ
(©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会)
共にいること
松本さんはこの映画のテーマは「インマヌエル」(=共にいる神)だと断言する。作品には、未曾有の兵器によって突然日常を奪われた極限状態の中でも、3人の少女たちが負傷者に寄り添い、互いに寄り添い合う姿が描かれている。
そして松本さんは自身の信仰と、映画を製作することの関係をこう話す。
「僕は自分の映画は、常に自分の信仰と関わっていると思っています。愛するということはどういうことなのか(を自身に問うこと)、自分の罪深さを感じること、そういうものと自分の映画を切り離すことができません。その罪深さの中でも、イエス・キリストの教えに従って歩みたいし、人を愛したい。そういう思いは映画にかなり出ていると思っています」
例えば、負傷者が水を欲しがっても水を飲ませてはいけない、と教えられているスミが水を飲ませることができないシーン。スミ自身が選んで罪を犯しているわけではないが、スミの水を飲ませることができなかった罪悪感、人を救うことができない罪悪感が表現されている。
またこの作品には、朝鮮人が差別されていたことも描かれている。「元々(原案の)手記には差別があったことは書かれていませんでしたが、看護師たちが『アイゴー』(=朝鮮半島の言葉で、嘆き悲しんだりしたときに使われる感嘆詞)という『叫び』を聞いたことが書かれていました。他にも資料に当たってみて、医薬品が不足する中、朝鮮半島出身者が後回しにされていることを事実として確認しました。これが当時起こったことだとしたら、(きちんと)描きたいと思いました」
平和の道具として
松本さんは、映画の公開が戦後80年を迎えた今年の夏になったのは、たまたまだと言うが「元々は2019年から企画が始まり、23年に撮影をしましたが、コロナ禍を挟んでいるので、製作の進行スピードが遅くなったこともありました。でも22年にロシアのウクライナ侵攻が始まって、核兵器の使用がちらついてきて、この映画をとらなければならない、とペースを上げました」。「今年に入ってさらに核兵器使用の懸念が高まっていると思います」
松本さんは被爆者をはじめ多くの人々によって受け継がれてきた記憶、言うなれば「平和の灯」を消さないため、特に若い世代の人たちにこの映画を見てほしいと考えている。
作品を見る人に一番伝わってほしいことは、という記者の質問に松本さんはこう答えた。
「大事な出来事(原爆投下後の世界)を描く中で、自分のエゴ(自分だけの思い)でメッセージを伝えたいということはありませんでした。自分の祖父のことを思いながら、(被爆者たちが)1カ月間どういう思いで過ごしていたか、極限まで近付いて撮りたいと思いました。見る人それぞれが3人の少女たちを通して、長崎のあの日の出来事に触れていただいて、それぞれがそれぞれの形で核兵器、戦争、平和、人間、神について考えてもらえたらうれしいです」「この映画が世界にとって平和の道具になるといいなと思っています」
『長崎―閃光の影で―』は、7月25日(金)から長崎県内で先行公開、8月1日(金)からTOHOシネマズ 日比谷(東京)ほかで全国公開される。配給はアークエンタテインメント。