日本カトリック教育学会第49回全国大会 カトリックの価値を伝えるために生きる

 日本カトリック教育学会・全国大会が、8月29日から8月31日にかけて聖心女子大学(東京・渋谷区/設立母体・聖心会)で開催された。
 オンラインを含めカトリック教育の研究者やカトリック学校の教職員ら150人余りが参加し、カトリック教育の在り方や、実際の取り組みなどについての研究発表と意見交換を行った。

 社会の第一資本はスピリチュアル資本

 初日は四つのラウンドテーブル(実践・研究の発表と意見交換)が行われた。前田信彦氏(立命館大学教授)と加藤美紀氏(仙台白百合女子大学学長・教授)は、「スピリチュアル・キャピタル:フランシスコ教皇の霊的遺産とカトリック教育」と題した報告を行い、「スピリチュアル・キャピタル」(=霊的資本、以下「スピリチュアル資本」)の概念と、カトリックでの位置付けについて紹介した。前田教授らがこの概念の研究に取り組んだのは、現在の過剰な「市場主義」や「物質主義」の中にいても、人々が仕事やキャリアに強く求めているのは、実は「精神的なもの」なのではないかと感じたことがきっかけだったと言う。
 前田教授は、社会科学の領域では、スピリチュアル資本は「無形の資本」であり、物質的な富や権力などの資本に特別な意味や価値を吹き込むもの、と定義されていると説明。そしてキリスト教などの宗教的な制度や資本に重なる部分も多いが、特定の宗教に限定されるものではないと話した。
 前田教授は、前教皇フランシスコも「スピリチュアル・キャピタル」という言葉を繰り返し使っていたと指摘。フランシスコは2022年9月にイタリア・アッシジで開かれた若い経済専門家や実業家、学生たちの会議「フランチェスコの経済」に参加した。その際、フランシスコは若者たちに、神の似姿に創造された人間は、物質的な利益を追求する前に、意味を追い求める存在なのだから、社会の第一の資本はスピリチュアル資本であり、経済にとってもそれが必要なのだと話した。そして、各自が自身の中にこの霊的な資本を構築するための道しるべとして、最も貧しい人々の視点で世界を見ること、労働すること、具体的な行動に移すことの三つを示した。
 前田教授らが2024年2月に行った全国調査では、20代で比較すると、キリスト教系中高の卒業生が持つスピリチュアル資本の量は、そうでない学校の卒業生に比べて多かった。また40代に向けてその量が急降下した後、50代以降に急上昇するという特徴が見られた。前田教授はこれらの特徴を、仕事や子育ての苦労を経験する過程で、学生時代に身に付けたキリスト教的価値観に疑問を感じるものの、やがてはその意味や価値を再認識するようになるからではないかと分析した。
 前田教授は、教育効果は長期に影響を及ぼすため「カトリック教育は相当長期的な視点で見ないといけないと思います」と話した。さらにキリスト教系中高の卒業生は、人生の意味を探究したり、友人と語らったりすることが多く、自己省察能力が高いという特徴も見られたという。
 この他にも、カトリック学校の宗教行事や音楽、修学旅行などの研修旅行の実践例、国際支援NPOと学生のつながりについての発表と分かち合いが行われた。

 カトリックの価値を生きる者に

 2日目は市川裕氏(東京大学名誉教授)が、ユダヤ教の視点から生涯教育における宗教対話の可能性についての基調講演を行った。午後からは、研究者らが日ごろの研究成果を発表し、カトリック学校2校の校長による教育実践報告も行われた。
 最終日は、「カトリック教育とつながりの知恵」をテーマにシンポジウムが行われた。
 桑原直己氏(筑波大学名誉教授)は修道生活の起源や歴史を説明するとともに、修道会が持つ「つながり」の力を教育活動に注力していった過程についてイエズス会を例に紹介。日本のカトリック学校は主に修道会の個別の活動として発展してきたため、司教団をはじめとする教会とのつながりを図ることが喫緊の課題だと指摘した。
 青木由紀子氏(武蔵野学院大学准教授/聖心会会員)は、バチカンで今年7月、教会博士の称号を贈ることが認可されたジョン・ヘンリー・ニューマンが、大学を「学びの共同体」と位置付けていたことを解説。録画動画で講話を発表した松本佐保氏(日本大学教授)は、キリスト者の国際機関やNGO(非政府組織)での働きや、人道的役割を紹介した。
 閉会ミサを主司式した酒井俊弘補佐司教(大阪高松教区)は説教で、3日間の大会で印象に残ったことを振り返りながらこう語った。
 「カトリックの価値を伝える教育をするために絶対に外せないもの、それは(教育に携わる)私たち自身がカトリックの価値を生きる者であることです」
 そして、神と人とのつながりを大切にするよう呼びかけた。
 大会に参加した光泉カトリック中学校・高等学校(滋賀県草津市)の田中圭祐教頭(58)は、日々の教育活動での「スピリチュアル・キャピタルが生徒の役に立っている、ということにとても勇気をもらいました」。発表者たちのさまざまな視点に触れて視野が広がり、今までの常識にとらわれず、神を意識するようにして「誰とつながっていくのか」を考えたいと話した。
 中央大学文学部でドイツの教育を調査・研究している濵谷(はまたに)佳奈教授(47)は、「カトリック教育の可能性と課題をさまざまな観点から考えることができました。(現在)教育学の分野でも『多様性』と『包摂』がテーマになっています」と話す。カトリックの中だけでなく、世俗や他宗教と対話することによる教育の可能性を考えてみたいと述べた。

 50回目となる来年の全国大会は、南山大学(名古屋市)での開催が予定されている。

スピリチュアル資本について解説する前田信彦教授
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