「いのちの光3・15フクシマ」 発信続ける 原発被災地の声
東日本大震災から4日後の2011年3月15日、福島第1原子力発電所(福島県)は3度目の爆発を起こし、大震災以降、最も多くの放射性物質が拡散された。
この「3・15」を起点とし、核に依存しない安全で平和な世界に向かって歩もうと、13回目となる「いのちの光3・15フクシマ」(同実行委員会主催/仙台教区後援)が今年も3月14日に仙台で、翌15日は福島・南相馬で開催された。仙台教区内外から延べ約150人が参加し、共に学び、ミサをささげた。
参加者は世界各地で戦争が続き、原発推進の動きも加速している今こそ、一人一人が主権者として「いのちと平和」に目覚め、声を上げ続けていくことの大切さを確認し合った。
「構造的暴力」にあらがう
初日は、仙台カテドラル元寺小路(もとてらこうじ/仙台市)教会で講演会を開催した。
エドガル・ガクタン司教(仙台教区)は開会に当たり、同教区が今年3月11日、震災当時の記憶や経験を「伝承」していくために初めて行ったシンポジウム(→関連記事)に言及。
「いのちの光3・15フクシマ」が、「伝え続けていく」ための集いとして13年続いてきたことをたたえ、「私たちは原発の構造を理解し、原発ゼロを目指していきたい」と呼びかけた。
講師は反原発の民間研究機関・原子力資料情報室の高野聡さんが務め、「原発の構造的暴力に抗う」をテーマにこう話した。

「構造的暴力」とは、国際政治学や平和学で使われる概念の一つ。社会の仕組みや制度によって、人々に貧困、差別、飢餓などの不利益や苦しみをもたらす暴力の形態を指す。
原子力発電は、被ばく労働、核ごみ問題と地域の分断、地方自治の弱体化など、多くの「差別と犠牲」の上に成り立っている。同時に、構造的暴力の中で育ち、その暴力を増大化させる要因でもある。
一方、脱原発運動とは、単に別の発電手段を選択するだけではなく、構造的暴力のない状態である「積極的平和」を創り出していくことを意味している。
日韓カトリック教会の脱原発運動に連携してきた高野さんは、講演のまとめとして宗教者の役割にも触れた。ドイツでは核ごみ政策に関する政府委員会に宗教者が参加していることを挙げ、10万年以上管理が必要な核ごみを生み出すことの哲学的・文明論的な視座を提供してほしいと期待を語った。

15年前、仙台の実家が被災したという髙見久実子さん(50代/岐阜県在住)は、講演の感想をこう話した。
「戦争も環境問題も原発の問題も、全てがつながっているのだと感じました。私たちは神の前にどう軌道修正し、この世界でどう責任をもって生きていくのか、改めて考えたいと思いました」
現地からの声
2日目の集いは、南相馬市の原町教会で開催され、「現地報告」とミサが行われた。現地報告では、南相馬市の曹洞宗同慶寺住職、田中徳雲(とくうん)師が「15年の振り返りと、これから」と題して話した。

田中師は例年、「3・11」の時期に震災犠牲者の慰霊碑を徒歩で巡るが、今年は福島県内陸部の郡山から、原発事故の被害が大きかった同県沿岸部を経て新潟県庁を訪ねるコースとなった。
新潟を訪れる理由は、熊本水俣病の問題に取り組む、熊本の人の言葉にあった。熊本では1950年代に水俣病が発生したが、その10年後に新潟でも発生した際、熊本の人が「自分たちがもっと声を上げていたら防げたのではないか」と苦悩したことを知ったのだ。
「これは原発にも重なる」。そう感じた田中師は、事実を伝えるために「声を上げていきたい」と話す。マスメディアが広告主に忖度(そんたく)して伝えるべき事実を「カット」するのを、生活の中で見てきたからだという。
東京電力は1月、福島原発の事故を契機に停止していた柏崎刈羽原発6号機(新潟県)を14年ぶりに再稼働した(3月14日に発電と送電は停止。現在、営業運転の開始は延期される見通し)。
田中師は、「まず(再稼働に同意した)新潟県に、明日16日に再稼働中止を申し入れる」と語り、この15年間、「あらゆる手段で訴えていくこと」の重要性を学んできたと強調した。
この報告の資料として田中師は、①自身が昨年2月に意見陳述を行った「宗教者核燃裁判」(宗教者が核燃料サイクル事業廃止を求める裁判)のプリント②原発事故後の体験を後の世代に継承するために作った小冊子③自身が企画・発行した小冊子『いのちのうた 生命平和憲法』(正木高志著)-を配布し、紹介した。
田中師はまた、米国・イスラエルによるイラン攻撃が激しさを増す中で、今後、憲法改正に向けた議論が高まっていくと指摘。自身は自衛隊の戦地派遣など、戦争参加を可能にするための憲法改正には反対する。だが「命と平和を守る憲法」にするための改憲には賛成すると述べ、そうした改憲のためにも、市民レベルで「横のつながり」を持つことが大切だと語った。
意見の異なる人とも「平和的な議論」を重ねて、互いの理解を深めることが大切だと田中師は訴えた。
神は、何をなさろうとしているか
ミサは、現在、原町教会を担当している幸田和生(かずお)名誉補佐司教(東京教区/カリタス南相馬代表理事)が主司式した。

幸田司教はミサ説教で、福音朗読箇所(ヨハネ9・1-41)の「この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか」という、弟子たちからのイエスへの問いに着目。弟子たちの問いの「決定的な問題」は、その人の目が見えない理由について「自分たちが納得するため」だけの問いであり、困っているはずのその人と実際に関わろうとしないことだったと指摘する。
「他人の不幸の原因を考え、その理由を見つけて満足する。それはイエスとは違う。イエスの確信は、『神は決して、苦しむこの人を見捨てられない』ということ。だから『では、私は何ができるのか』と、それだけを考えていた」のだと解説した。
幸田司教はまた、福島第1原発の廃炉作業が進まないことから、最近、「廃炉は本当にできるのか」と疑問を感じているとも話す。原発の新設には「廃炉は完了する」という前提が不可欠だ。その前提のために、実現不可能な〝廃炉計画〟が発表されているのではないかと思えて複雑な気持ちになると、こう説教を結んだ。
「原発について、いろいろな考え方があるでしょう。でも傍観者でいるのはイエスの姿ではない気がします。神様は今、この状況の中で何をなさろうとしているのか。微力な私たちをどこに導いてくださっているのか。私たちができる一つ一つを、努力して積み重ねていくことができますように」

新しいつながり
ミサ後は、教会に隣接するさゆり幼稚園の旧園舎に集まり、田中師を囲んで茶話会が行われた。
震災後、原町教会とさゆり幼稚園の隣に、復興支援拠点として「カリタス南相馬」が開設され、教会と幼稚園、双方の活動をサポートしてきた。園は昨年4月に市内の別の地域に移転したが、旧園舎は今もカリタス南相馬が「カリタス親子食堂」など、地域の人々を支える活動に活用している。

田中師は、原発事故後の自身の避難生活を振り返ったほか、昨年、自身が「みなみそうま九条の会」の会長に就いたことに言及。米国によるベネズエラ侵攻を受け、「(世界の)現状に危惧(きぐ)しているから」と、幸田司教が今年1月に自ら入会を申し出てくれたことが「うれしかった」とも話した。
参加者からは、九条の会や、カトリック教会で始まった「ピース9(ナイン)の会」への加入方法についても質問があった。
9年前に中国から来日した金重李(ジン・ジュウリ)さん(26/東京在住・カトリック信徒)は田中師の語りを聞き、「原発事故直後、ガソリンがなくて移動できず苦労する様子や、大変な中で助け合う情景が自分の中にも浮かんできた」と話した。

われた。写真左から2人目は「みなみそうま
九条の会」前会長の平田慶肇(けいいち)さん
