長生炭鉱 遺骨返還事業 ダイバー死亡で主催団体が会見 今は遺族の寄り添いに全力尽くす

 山口県宇部市沖の旧長生(ちょうせい)炭鉱跡で、2月7日、遺骨収集調査のため潜水していたダイバー3人のうち1人が水中で意識を失い、救助後に死亡が確認された。
 事故は、日韓の司教団も支援している遺骨収集事業(→関連記事)のプロジェクト実施中に起きた。主催する市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」(以下・刻む会/代表・井上洋子)は、翌8日に市内で記者会見を開き、プロジェクトに参加したダイバー6人のリーダー、伊左治(いさじ)佳孝さんが事故の経過を説明した。
 6人は全員プロだが、ボランティアとしてこのプロジェクトに協力。6人中5人は海外から参加していた。
 会見によると、亡くなったのは「ビクター」の愛称で活動していた台湾出身の魏修(ウェイ・スー)さん(57)。潜水中、体内の酸素分圧が異常に高まることによる酸素中毒を起こし、痙攣(けいれん)によって呼吸器を保持できなくなった可能性が高いという。亡くなったダイバーの機材に記録されたデータから、高酸素状態が継続していたことが確認されている。
 ダイバー3人は、海底に広がる旧長生炭鉱の排気口「ピーヤ」から潜水し、縦列で一人ずつ進んだ。異変は水深約32メートル付近で発生した。同行者が反応のない状態のダイバーを発見し、水面へ引き上げた。心肺蘇生などの救命措置が継続して行われたが、搬送先の病院で死亡が確認された。
 伊左治さんは、現時点で機材の故障や操作ミスなど具体的な原因は断定できないと話した。

記者会見で話す伊左治佳孝さん(左から2人目)と、「刻む会」
の井上洋子さん(同3人目)・上田慶司さん(前列右端)
 遺骨返還への歩みは続く

 1942年2月3日に起きた長生炭鉱水没事故で炭鉱労働者183人が犠牲となったが、そのうち136人は朝鮮人だった。
 ビクターさんらの潜水調査は2月7日、「刻む会」が海岸付近で午前中に主催する犠牲者追悼集会と並行して行われていた。同会は今回の潜水調査プロジェクトを2月11日まで行う予定だったが、事故を受けて中止した。
 代表の井上さんは8日の会見で、「尊い命が失われたこと」について、「私たちなりの責任の取り方をまず考えていく」と語り、「今は何よりもご遺族をお支えすること、そしてビクターさんの尊厳が守られながら祖国の地を踏めるように全力を尽くしたい」と話した。

井上洋子さん

 井上さんによれば、事故を受け、追悼集会に参加した遺族もダイバーも皆、憔悴(しょうすい)しているという。同会は、韓国から参加した遺族の渡航費をカンパとして集め、用意していた。だが遺族は受け取りを辞退。代わりに台湾からいま宇部に向かっているビクターさんの家族のために使うようにと、そのカンパを韓国の遺族から預かったところだとも井上さんは話した。
 「刻む会」事務局長の上田慶司さんは、「遺骨収容のためにもう一度立ち上がっていく時間を頂きたい」と語った。
 同月6日から8日まで現地で遺骨収集事業のボランティアに参加した和田里(わたり)眞弓さん(広島教区平和の使徒推進本部・正義と平和推進デスク担当)は、韓国からの遺族とも交流。「『刻む会』は今、ビクターさんのご家族の対応に集中していらっしゃいますが、(遺骨を収集し遺族に返還する)この歩みを止めることはないと思います」と話した。
 今回の犠牲者追悼集会に向け、地元広島教区(白浜満司教)は白浜司教の呼びかけで「刻む会」への献金を集め、寄贈していた。献金は、「聖家族の日」に当たった昨年12月28日に同教区で行われた「2025聖年」閉幕および「シノドス実施ステージ」開幕ミサと、同日、小教区でのミサで集められたものだった。

浜辺に近い「坑口(こうぐち)ひろば」で2月
6日、韓国・観音宗による遺骨の慰霊式が行われた
収容した遺骨を載せて戻るボートを
大勢の人が浜辺で迎えた(2月6日)
海底から引き上げられた遺骨と対面した
日本人遺族(写真中央左/2月6日)
2月7日午後、坑口ひろばで開催予定
だった交流会は事故を受けて中止となり、
会場にはビクターさんの献花台が設けられた
追悼集会を手伝った和田里さんが
韓国から参加した遺族の青年から
土産とともに受け取ったメッセージ


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