南海トラフ地震を想定 横浜教区とCJ-ERSTが研修

 「南海トラフ地震が起きた場合の教区の初動対応」をテーマにした横浜教区(梅村昌弘司教)の災害対応ワークショップが1月9日、横浜市の同教区本部事務局で行われた。
 このワークショップは、カトリック中央協議会の「カリタスジャパン緊急対応支援チーム(以下・CJ-ERST/シージェイ・イーアールエスティー)が企画し、横浜教区と共催した。
 同教区から梅村司教と司教顧問のほか、教区の災害対策委員会の委員を務める司祭、カリタスジャパン教区担当司祭、教区本部事務局職員、カトリック横浜教区難民移住移動者委員会(ENCOM〈エンコム〉YOKOHAMA)の担当者ら13人が参加した。カリタスジャパン責任司教の成井大介司教(新潟教区)とCJ-ERSTのメンバー、カリタスジャパンの職員計8人の話を基に災害対応について学び、発災時について想像しながら初動対応について意見交換を行った。

横浜教区の災害対応策について
紹介する梅村昌弘司教
 被災地では「奇跡」も起きる

 ワークショップの前半は、学びの部。内閣府が製作した南海トラフ地震のシミュレーションビデオを視聴し、各地で想定される被害について学んだ。南海トラフ地震による死者数の想定は、最大約29万8千人で、東日本大震災時の約17倍に上るとも言われている。
 ビデオでは、横浜教区内の静岡県には、地震から最短2分で高さ1メートルの津波が到達することや、その津波到達地点とは異なるが、最高33メートルの津波が押し寄せる場所が県内にあることも確認した。
 CJ-ERSTの佐久間力(ちから)神父(札幌教区)は、ワークショップの準備として、災害時、教区事務局には支援物資や募金の送付、ボランティア活動などについての問い合わせが殺到すると説明した。一方、被災地では困難を乗り越えさせるような「不思議な出来事も起きる」と語り、東日本大震災後の石巻(いしのまき/宮城県)での自身の体験を紹介した。
 東日本大震災は、2011年3月11日に起きた。当時、札幌教区の神学生だった佐久間神父は、仙台教区が発災後2週間足らずで開設したボランティア拠点「石巻ベース」(石巻市)へ派遣され、ベース長に就任した。
 石巻沿岸部では、津波によってガソリンスタンドが流失・浸水し、営業不能になっていた。東北の主要な製油所も被災し、物流は停止。電力や通信が途絶え、給油設備は無事でも停電でポンプが動かないケースが多かった。その一方、厳しい寒さの中での避難、捜索、救援、発電機用などでガソリンの需要は爆発的に増えていた。営業中のスタンドには数時間から半日以上の行列ができ、1台当たりの給油量も厳しく制限された。数日に1度しか給油できない、あるいは全く手に入らない人もいた。
 ベースのガソリンが底を突いた時のことだ。「明日、ボランティアセンターに行くこともできない」と、ベース関係者らは頭を抱えたが、そこへ「車にガソリンを積んで来てくれた」のが横浜教区の青年たちだった。「奇跡のような出会い」だったと佐久間神父は振り返った。

 教区の災害対応策を踏まえて作業

 ワークショップ後半は作業の部だが、初めに、ERST事務局の漆原比呂志(ひろし)さんの司会・進行で、横浜教区が以前まとめた災害対応に関する資料2点に目を通した。
 資料の一つは、「大災害発生時の組織図」(2002年作成)。もう一つは、東日本大震災後、同教区の各地区や各小教区で災害対応について話し合いを進めるため、「地方自治体がどのような準備をしているか」「滞日外国人のために情報を伝えるメンバー、体制づくり(を小教区が主体となって準備できるか)」などの確認項目をまとめた文書。これらの資料から、横浜教区が災害対応について「発生前」と「発生後」の二つの局面に分けてまとめていることを参加者全員で確認した。
 その上で、教区側の参加者が各自、災害時の初動対応として行うべきことを考え、1件につき1枚の付箋に書き出した。ERSTはそれらの付箋を1枚ずつ受け取り、カテゴリー別にまとめて壁に貼り、皆で一覧できるようにした。
 大きな分類分けは、大災害の「発生前」と「発生後」。前者の「発生前」にすべき事は、「指示系統」「備蓄」などの項目に分けられ、そのうち「連絡」については「(事前に)電話対応の方針を決める」「各地区の連絡員を確保」などが挙がった。
 後者の「発生後」の項目は、「安否確認」「状況確認」「情報発信」「避難場所」「会計」「物資」「地域(との)連携」「外国人」「中央協(カトリック中央協議会との関わり)」。その他、災害対応の窓口となる「本部」(教区本部事務局)の動きについても意見を出し合った。

付箋に書き出したアイデアをCJ-ERST
のメンバーらに渡し、分類してもらう横浜
教区事務局長の谷脇慎太郎神父(奥右端)
 教会の支援は「共に生きる」こと

 成井司教は、ワークショップの最後、「教会は(自らも)被災者となりながら、被災した地域の人と一緒に苦しみ、喜び、祈り、もがきながら生きていく」存在だと指摘。そのように、地域の人々と共に生きていくこと自体が「教会の支援活動」であり、発災から数年で被災地を離れていく一般の団体が行う支援とは異なると説明した。
 梅村司教はこれを受けて「教会が(被災者を)援助することの意味」を確認できたと語り、ERSTに対し、大規模災害の際に横浜教区が行うことになる支援活動への協力を求めた。
 横浜教区の災害対策委員会委員長としてワークショップに参加した河野淳(あつし)神父(同教区)は、「実際に災害が起こってみないと、そこで何をすべきか分からないものだと(災害対応の奥深さを)改めて感じました。被災者を支援する人の中でも(現場にいる人と、後方支援に当たる人など)立場の違う人の間で行き違いが生じないかどうか(うまく連携できるかどうか)心配にもなりました」と話した。

ワークショップの参加者たち
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