阪神・淡路大震災から31年 「1・17追悼と新生の祈り in たかとり」 変わらない被災地の思いを確認

 阪神・淡路大震災から31年となった1月17日、今年も神戸市長田区のたかとり教会で、「1・17追悼と新生の祈り in たかとり」が開催された。同教会が、仏教の僧侶らと共に続けている集い。100人余りが参加し、今も変わらない被災地の思いを祈りのうちに確認し合った。

仏教とカトリックがそれぞれ祈りをささげ、心を
合わせた。祭壇右は神田神父(©たかとり教会)

 聖歌「ごらんよ空の鳥」を歌った後、この聖歌に関連するみことば(マタイ6・25~34)が朗読された。発災時刻の午前5時46分を迎えると、修験道者がほら貝を吹き鳴らし、僧侶や教会の信者らも心を合わせ、祈りをささげた。
 全日本仏教青年会理事長の来馬(くるば)司龍氏(曹洞宗僧侶)は挨拶で、昨年は震災から30年の節目だと世間で盛んに言われたが、節目という言い方は震災という出来事を一段落させ、しまいにするような表現であるため違和感があると語った。
 震災当時、鷹取教会(現たかとり教会)の主任だった神田裕(ひろし)神父(大阪高松教区/NPO法人たかとりコミュニティセンター理事長)は、集いの終わりに31年前を振り返り、震災の年(1995年)の12月に自身が全国の支援者らに送った「クリスマスメッセージ」に触れて話した。
 震災による火事で全焼した鷹取教会の聖堂の跡地には、被災者支援の拠点として「鷹取教会救援基地」ができた。神田神父は、各地から同救援基地に集まり、避難所や公園にできたテント村、仮設住宅などに出かけて働く仲間の先頭にイエスを見いだしてきたというが、当時の実感をつづったのがそのクリスマスメッセージだった。
 メッセージは、救援基地の取り組みや、人々が「寂しさや悲しさを一つずつ喜びに変えて」きたことなど、進みつつある復興の様子を伝えている。その一方、「最後の一人が町に戻ってくるまで」震災は終わらないと述べる。そして最後に、「ここは、忘れ去られようとしている人々と共に歩む救援基地です」と結ばれている。
 神田神父はこの日、メッセージの末尾にある「救援基地」という言葉を「1・17」に言い換えて、「忘れ去られようとしている人々と共に歩む1・17です」と参加者に訴えた。
 31年前の震災で6434人が犠牲となった。以後も各地で地震や水害、山火事が起き、さらに多くの人々が一瞬にして日常が変わってしまう苦しみを体験している。そのため神田神父は、1月17日は犠牲者を追悼するだけではなく、そうした災害で苦しむ全ての人たちにつながりながら、「1・17」に思いをはせる日だと感じるという。1・17の被災者を含め、今も身体的、あるいは精神的な苦しみを抱え続けている人たちがいることを「忘れてはいけない」と強調した。
 集いの後は例年、地元の住民と教会の信徒らが豚汁を手作りして振る舞ってきた。今年は作り手が揃わず茶菓を提供したが、いつものように近所の大国(だいこく)公園など、長田区内の公園で追悼を終えた僧侶や住民も教会に合流し、お茶を片手に親交を温めていた。

1995年、全国に発信されたクリスマスメッセージ
は、今もたかとり教会の敷地内に掲げられている
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