映画『ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師』 キリストに、どう従うか

 主人公のディートリヒ・ボンヘッファー(1906~45年)は、ナチス政権下のドイツに生きたプロテスタント・ルター派の牧師であり、神学者だ。ナチス政権への抵抗を続け、やがてアドルフ・ヒトラーの暗殺計画に加担するが、計画が発覚し、39歳の若さで絞首刑に処せられた。
 牧師でありながら殺人を犯そうとしたボンヘッファーへの評価は、キリスト者の間でも分かれている。だが彼が命懸けで残した神学がなければ、世俗の中にキリストを見いだし、困難を抱える人々と共に歩もうとする今のプロテスタント教会もなかったと言えるほど、キリスト者にとって重要な存在でもあるという。
 本作は、ボンヘッファーの幼少期や信仰の転機なども取り上げながら、彼がナチス政権の暴虐にどう抵抗したか、また極限状態にあって、いかにしてキリストに従う道を選び、人々と共に生きたかを描いている。
 ボンヘッファーは1930年にベルリン大学で教授資格を得るが、それは国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が国会で12議席から107議席に躍進した年でもあった。
 33年、ナチス政権が成立すると、ボンヘッファーはドイツ教会闘争に加わっていく。
 ナチス政権は、プロテスタント教会を国家の統制下に一元化する目的で「帝国教会」を設立。多くの教会関係者はナチスを支持し、ヒトラーを神が遣わした指導者としてたたえた。教会に掲げられていた十字架が、ナチスを象徴するカギ十字(ハーケンクロイツ)に置き換えられた例もあった。
 一方、ナチスの危険性を早くから察知していたボンヘッファー、そして彼と同じく神学者のカール・バルト、マルティン・ニーメラーらは、そうした教会の流れに強く反発。34年、教会の唯一の頭(かしら)はイエス・キリストであり、国家ではないことを宣言した(バルメン宣言)。説教などを通じて、ナチスに従属する教会に抵抗する「告白教会」運動を展開した。
 だが37年、ボンヘッファーが所長を務めていた非合法の牧師研修所(神学校)は閉鎖され、40年には教職停止となる。ドイツ国防軍内部の抵抗派と接触するために国防軍情報部に入ったものの、ヒトラー暗殺を企てた一人として43年ゲシュタポ(秘密国家警察)に逮捕され、刑務所へ。
 絶体絶命の状況下で、キリストに従う道を模索し続けたボンヘッファー。終盤のクライマックスの一つ、強制収容所での聖餐(さん)式で、彼が不安におののく他の囚人たちに向けて掲げたのはキリストの聖体だった。
 ボンヘッファーは強制収容所で処刑されたが、作品ではそれとは異なる場所で最期を迎えたように見える。こうした脚色と思われる表現も通じて、ボンヘッファーが追い求めたものを心で受け止めることのできる作品ではないだろうか。
 11月7日から、ヒューマントラストシネマ有楽町(東京)、テアトル梅田(大阪)ほか全国順次公開。作品のサイトはこちら

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