ベトナム人司牧の現場

 現在日本には63万人以上(2024年末時点)のベトナム人が暮らしている。東京・千代田区の麴町教会で土日に行われるベトナム語ミサに出席するベトナム人信徒は、1300人余り。その多くはカトリック信者が多く暮らす、ベトナムの中部地方出身の技能実習生だ。
 ベトナム人司牧の現場について、麴町教会助任司祭を務めるベトナム出身のグエン・タン・ニャー神父(42/イエズス会)に話を聞いた。

グエン・タン・ニャー神父
 ベトナム人信徒の増加

 技能実習制度は、対象国の人々に日本で技術を習得させ、その技術を母国の発展に生かしてもらうという「国際貢献」をうたったものだ。しかし実情は、日本の労働力不足を補うため、技能実習生に技術習得とは無縁の業務を長時間、低賃金で強要することが多く、賃金未払い、労務災害、劣悪な労働環境など、さまざまな人権侵害が生じている。その送り出し国の第1位がベトナム。全国各地に暮らすベトナム人の若者たちにとって、教会は居場所であり、悩み事を相談できる場所、また仲間と励まし合う場所でもあるのだ。そのためベトナム人司牧の現場は、信仰のことから労働問題、貧困、ビザの問題など多岐にわたっており、ベトナム人司祭・修道者の役割は重要になっている。
 ニャー神父は「2012年頃から、来日するベトナム人技能実習生が増えて、信徒も一気に増えたのです」と振り返った。
 ニャー神父は代々カトリック信者の家庭に生まれ、大学卒業後すぐにイエズス会に入会。そもそも日本人信徒の司牧のために09年に日本に派遣され、17年に日本で司祭に叙階された。
 来日当時は、ベトナム人信徒は今よりも少なかった。「(ベトナム出身の)ヒエン・フー神父様(東京教区)が月に一度、麴町教会でベトナム語のミサを行っていましたが、参加者は100人程度でした」。
 ニャー神父によれば、日本では長い間、ヒエン神父が一人でベトナム人信徒の司牧をしてきたのだという。ヒエン神父は1980年代、ベトナム戦争後の社会的混乱から逃れるために小型船で海外に脱出し、日本にたどり着いた「ボートピープル」の人々の司牧のために、バチカンを通じて派遣された。
「日本の司教様方もヒエン神父様も、まさかベトナム人信徒が一気に日本に来ると思っていなかったようです」

 情報共有の場を作る

 最初はヒエン神父が一人で担っていたベトナム人司牧だが、徐々に日本にベトナム人司祭が派遣されるようになった。ベトナム人司祭はニャー神父のように、日本人信徒の司牧のために派遣されるのだが、日本各地に住むベトナム人信徒の司牧にも関わるようになった。ニャー神父は次第に、司祭同士の情報共有が必要だと感じるようになる。
 そこで22年に、J-CaRM(〈ジェイ・カーム〉日本カトリック難民移者移動者委員会)の元で、ベトナム人信徒の司牧に関わる全教区の司祭・修道者に呼びかけ、対面で年に1度の情報交換会を始めた。青年大会や、カトリック入門・結婚講座などについて、どのように協力できるか、統一した内容での実施が可能かを話し合っている。今年も3月に旧福岡カトリック神学院で実施した。ニャー神父は「教区ごとの方針があるので、すり合わせるのがなかなか難しい」とも感じていると話した。

 うれしい疲れ

 大学や専門学校に通う留学生に比べ、技能実習生は労働時間が長く、日本語を習得する機会や時間が少ないため、言語が身に付きにくい。さらに労働契約違反に遭うなどで生活に困窮する場合もあり、神父を頼らざるを得ないのだ。ニャー神父はかつて、多いときでは毎日200~300人の生活相談を受けていた。一時体調を崩し、3カ月の休養を取ったこともある。 
 「今は協力し合える司祭が増えました。(ベトナム人信徒たちが自分で学べるように)日本社会で日常生活を送るための知識を解説する動画を30本以上作って、私のフェイスブックにアップしました。(病院に行きたい信徒がいれば)日本語が得意なベトナム人青年に通訳を頼むこともあります」。ニャー神父は、生活に困窮しているベトナム人技能実習生が専門家とつながるよう、J-CaRMが実施する相談会「生活相談ホットライン」にも協力している。
 ニャー神父は麴町教会のほか、埼玉や茨城、東北地方でもベトナム人を司牧。入門講座と結婚講座はオンラインで行い、300人もの受講生がいるという。「今年1月3日は22組の合同結婚式をしました」。もちろん、このほかに日本人のための信仰講座やミサも担当している。日々の仕事や活動が盛りだくさんで「疲れているけれど、うれしい疲れです」とニャー神父は話した。

1月3日、3回のミサで22組が結婚式を挙げた
 忍耐をもって一緒に歩む

 ニャー神父はベトナム人の特徴を「相手に親しみを持って接するので、教会なら家族のような関係になります。集まることも好きです。年長者を大切にしますし、初対面でも自分の父親と同じ年齢なら、自分のお父さんのように接します」と話す。
 「特に技能実習生は(留学生と違い同級生がいないので)、日本人の友達をつくれなくて、みんな寂しがっている」ともニャー神父は感じている。日本全国には、約70のベトナム人の青年グループがあるが、「(ベトナム人信徒が)日本の教会に少しでも入っていけるよう、(青年グループの)リーダーを通してコミュニケーションできるようになるといいと考えています」。
 日本人の信徒たちには「忍耐を持ってベトナム人信徒たちと関わってほしい」と、ニャー神父は話す。
 「18歳くらいで高校を卒業して日本に来る技能実習生は、まだ『子ども』です。子どもなのに仕事をしなければいけないし、遊びたいし、仲間と一緒にワイワイしたい気持ちを持っています」
 若いからといって羽目を外して良いということではないが、ニャー神父は「一緒に歩むことを面倒だと思わずに、特にベトナム人の若者は知らないことも多いので、忍耐をもって関わりをもってほしい」と話していた。

若い人たちの家庭の集まり
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