ヒルマ・アフ・クリント展 東京国立近代美術館(6月15日まで開催中)※鑑賞チケットプレゼント

©ヒルマ・アフ・クリント
《10の最大物、グループIV、No. 3、青年期》 1907年 
ヒルマ・アフ・クリント財団
By courtesy of The Hilma af Klint Foundation

 ヒルマ・アフ・クリント(1862~1944年)は、〝霊的存在〟から啓示を受けるなど、秘教的な思想を土台に制作を行った画家だ。近年、再評価され、〝抽象画の先駆者〟として世界で注目されている。
 東京国立近代美術館(東京・千代田区)で開催中の「ヒルマ・アフ・クリント展」では、代表的作品群「神殿のための絵画」を中心に、日本初公開の作品140点と関連資料が展示されている。アフ・クリントの生涯にわたる制作の全容と足跡を紹介するアジア初の試みだ。展示には「Ave Мaria」(アベ・マリア)と書き込まれた作品もある。アフ・クリントの〝表現〟について、カトリック教会と美術、それぞれの識者にも話を聞いた。

小さく書き込まれた「Ave Мaria」

 アフ・クリントは、スウェーデンの裕福な家庭に育った。一家の宗教はプロテスタント・ルター派。父親が海軍士官で、子どもの頃から数学や天文学、物理学などの自然科学が身近にあった。1887年、王立芸術アカデミーを優秀な成績で卒業し、職業画家となる。
 だが一方、幻視や啓示などによって神に近づこうとする神秘主義に傾倒し、秘教的な思想に基づいて作品を制作するようになっていく。彼女がそうした思想に関心を抱くようになったのは、17歳頃だったとも言われている。
 アフ・クリントが生きた19世紀後半から20世紀初頭の欧州では、X線の発見や放射線の研究など、科学分野で画期的な発明が相次いだ。一方、上流階級や知識人の間で神秘思想も広まり、科学と〝霊的世界〟を矛盾なく同時に扱う風潮もあった。

「楽園のように美しい」いのちを描く

 この展覧会のポスターで大きく取り上げられた作品は、《10の最大物、グループⅣ、No.3、青年期》だった。縦約3.2メートル、幅約2.4メートルの大画面で、同じサイズの絵画10点からなる作品群〈10の最大物〉のうち、3番目の作品だ。
 オレンジの色面(しきめん)に、うずまきや円、楕円といった幾つものモチーフが、淡い黄色、水色、ピンク色などで描かれている。モチーフとモチーフの間に引かれた線もまたカラフルだ。
 そして、画面上方に大きく描かれた白い円は、その中心部が1本の縦線と横線で4分割されている。その一つ一つに、ごく小さく書き込まれているのが「Ave Мaria」の文字だ。
 アフ・クリントは、幼年期から青年期、成人期、そして老年期という人生の四つの段階について「楽園のように美しい10枚の絵画」を制作するよう〝啓示〟を受け、〈10の最大物〉を制作した。その中で唯一、「Ave Maria」と書かれている「No.3、青年期」には、アフ・クリントのキリスト者としての信仰が表れているという見方もできるのかもしれない。

「証し」するキリスト者へ
――教皇庁立国際マリアン・アカデミー正会員 岡立子(りつこ)修道女に聞く

 カトリック教会は、占いやまじないなどに伴う交霊術を認めていない。神以外の物や存在を〝神〟として信仰する偶像崇拝につながる危険があるからだ。
 アフ・クリントが制作した作品中の「Ave Maria」をどう見たらいいのだろうか。
 教皇庁立国際マリアン・アカデミー(PAMI)正会員で「マリア学」が専門の岡立子(りつこ)修道女(けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会)は、次のように話した。
 「聖母マリアは、さまざまな形で表現されてきました。芸術家が自分の感じた聖母を描くのは自由です。他方で教会は、特に教会堂に置かれる聖母画像については、それがキリストへの信仰に導くものであるよう注意を払ってきました。マリアは常に、イエス・キリストを示す方です。さらに言えば、聖母の出現と呼ばれるものは(聖地ルルドでの出現を含め)、神学的には『私的出現』に属し、信仰の対象ではありません。キリスト者が唯一信じるべき『出現』は、聖書が証しする復活のキリストの弟子たちへの出現です」
 東方教会で崇敬の対象となる「イコン(聖像画)」には、画法の基準が決められていて正統信仰を表すことが求められる。だが、「キリスト教的な要素を含む芸術作品」については、研究者のさまざまな理解が可能だという。
 「ですから、〝キリスト教的な〟芸術作品を見る時、私たちはそれが神学的に正しいか正しくないかを判断するというよりも、作品を見て、一人のキリスト者として自分が何を証しするか、キリストをどう伝えるかが大切だと思うのです」(岡修道女)

アフ・クリントの作品は信仰の「証し」なのか?
――担当学芸員・三輪健仁さんに聞く

 「Ave Maria」と書かれた作品は、アフ・クリントの信仰の「証し」に相当するものなのだろうか。この展覧会を担当する学芸員の三輪健仁(けんじん)さん(東京国立近代美術館)は、アフ・クリントの信仰と創作との関わりについてこう話す。
 「アフ・クリントが影響を受けていた神智学や人智学には、キリスト教以外に、仏教をはじめとした東洋的な思想なども折衷されています。ですから、『キリスト者としての』という言葉が適切かは分かりません。また、(彼女の)創作が、信仰の一形態だったのか、信仰とは別の純粋な芸術表現だったのか、その区別は困難です」
 三輪さんはまた、アフ・クリントを「抽象画の先駆者」と位置付け、厳密な意味で美術史の書き換えを宣言することは難しいと説明する。その理由の一つは、「霊的世界」の外観と、彼女の作品で見ることのできる形象とが、どれほど似ているのかを判断することができないためだ。
 〈10の最大物〉をはじめとする作品群「神殿のための絵画」は、「高次の霊的存在」からの啓示を通じてなされる「霊的世界を巡る表現」とされている。


展覧会公式サイト https://art.nikkei.com/hilmaafklint/

読者プレゼント

 本展(東京)のチケットを5組10名様にプレゼント致します。ご希望の方は、はがきに、名前、郵便番号、住所を明記の上、〒135―8585東京都江東区潮見2の10の10 カトリックジャパンニュース「ヒルマ・アフ・クリント展」係まで。  
4月22日(火)当日消印有効。賞品の発送をもって発表に代えさせていただきます。

〈10の最大物〉展示風景(1907年 ヒルマ・アフ・クリント財団)
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