【ローマ11月9日CNS】多くの意味で、カトリック教会は常に「建設現場」であり、神はそこで、土を深く掘り、懸命に粘り強く働かねばならない信者たちを養成している、と教皇レオ14世は説いている。
建設現場という表現は、「素晴らしいイメージです。活動と創造性と努力だけでなく、労苦と、時として複雑ですが、解決しなければならない問題も表すからです」と教皇は11月9日、ローマのラテラノの聖ヨハネ大聖堂で、4世紀の「ラテラノ教会の献堂」の祭日のミサ説教で説明した。
同大聖堂はローマの司教である教皇の「司教座聖堂」で、「全教会の母」と呼ばれている。
教皇レオ14世は、その「司教座」から、「隅の親石であるイエス・キリストにおいて選ばれた尊い石によって築かれた、生きた教会のしるし」(一ペトロ2・4~5参照)である同大聖堂について説教した。
教皇はミサの説教で、会衆に向かって、自分たちが今、中に立っている教会の基盤について考えるようにと促した。
「もしこの大聖堂を建てた人々が、残りの全ての部分がその上に立つことができる十分堅固な土台を見いだすまで、土を深く掘らなかったなら、建物全体はとうの昔に倒壊したか、あるいは、いつ倒壊しても不思議ではなく、ここにいる私たちも深刻な危険にさらされたことでしょう」と教皇は会衆に語りかける。「しかし、幸いなことに、先人たちは、私たちを囲む壁を建てる前に、苦労して深いところまで土を掘り、私たちの司教座聖堂に堅固な基盤を与えました。それで私たちは安心していられます」
信者が共に働く「神の建設現場」
今日のカトリック信者も、「生きた教会の働き手として、荘厳な建物を建てる前に、自らと周りの土を深く掘り、キリストという堅固な岩に直接達するのを妨げ得るあらゆる不安定な要素を取り去らなければなりません」と教皇は強調する。
教会と信者たちは、常にキリストと主の福音に立ち帰らなければならない、と教皇は続ける。「もしそうしなければ、弱い土台の建物の上に、重い構造物を載せてしまう恐れがあります」
キリストの教会を築き上げるには、長い時間と労苦、忍耐を要する働きが求められると教皇は指摘する。
その働きには、一人一人がへりくだって、神によって「生きた石として」いただき、教会を構成させていただくことも含まれる。
「イエスは私たちをつくり変えます。イエスは、その救いの計画に従って私たちを知恵にあふれて形づくりながら、神の偉大な建設現場で働くように私たちを招きます」と教皇レオ14世は付け加える。「これは労苦を要する道のりですが、気を落としてはいけません。むしろ、共に成長するために、信頼をもって働き続けるのは、素晴らしいことです」

