映画『豹変と沈黙 ―日記でたどる沖縄戦への道』

 日中戦争(1937~45年)中の37年12月、日本軍は当時中国の首都だった南京を攻略した際、1カ月以上にわたって非戦闘員である民間人や捕虜などを虐殺し、略奪や強姦を行った。
 本作は、この「南京大虐殺事件」「南京事件」とも呼ばれる事件(以下「南京事件」)に関わった4人の日本兵の日記に着目する。軍に徴集された一庶民が戦地でどのように〝日本兵〟へと変えられていったか、その過程を追いながら、兵士たちの戦場での体験を〝社会の記憶〟として残そうと試みたドキュメンタリー映画だ。
 監督は、60年代まで沖縄で続いた精神障害者の隔離制度「私宅監置」の実態を描く『夜明け前のうた―消された沖縄の障害者』(2021年)の原義和(よしかず)さん。
 4人のうちの一人、武藤秋一の日記には、進軍先で中国人の友人ができたことなどが記されていた。一般市民に偽装して戦闘行為を行う便衣兵(べんいへい)と思われる中国人を見つけ、初めて殺害した後の日記には〝空白〟がある。
 息子の田中信幸さんは、父親が日記に書かれていることのみによって、戦功が特に優れた軍人に与えられる「金鵄(きんし)勲章」を受けたとは到底思えない、つまり、何か別の行為もあったはずだと考えた。カメラは、父親が残した〝空白〟と沈黙とに向き合い、戦後世代として葛藤を続ける田中さんの姿も映している。
 山本武は、後年手記を書き直した。そこには、陣中日誌には書かれていた、戦死した戦友の敵(かたき)を討つために敗残兵や女性・子どもを惨殺したことについては削られていた。代わりに挿入されていたのが、中国の農民との間で交わされた親しげな会話だった。
 旧日本軍は、中国戦線で何を行ったのか。戦後も兵士の多くが自らの体験について沈黙しており、戦場の記憶を継承することは難しい状況が続いている。
 政府は「南京事件」について「非戦闘員の殺害や虐殺行為があったことは否定できない」などと外務省のウェブサイトに明記しているが、その根拠が見つかっていないと主張する声も根強く、インターネット上では今も事件の有無について論争が続く。旧日本軍による南京事件を否定する政治家もいる。
 そうした中、本作は一兵士が戦場でつづった日記を、それを読んだ戦後世代の反応や、当時の写真と資料を交えて丁寧に読み解いていく。中国をはじめとするアジアの戦場で何があったのか、歴史の真実に迫ろうと試みる。万年筆の筆致からは、日記を記した時の兵士の心情まで伝わってくるようだ。
 作品の随所に織り込まれた「アクション書道」による表現も印象深い。朗読された日記の一節を、書家が全身を使ったダイナミックな筆運びで書き上げる。筆を大きく振り下ろすと、墨液が勢いよく飛び散っていく。一連の表現と完成した作品によって戦場のリアルに迫ろうとする。
 日記は、兵士たちの行動を伝える貴重な一次資料だ。だが実際に「兵士が何をしたか」、とりわけ悪行については、兵士が乗り込んでいった土地の人々に聞かなければ分からないということも本作は伝えている。戦争によって日常の生活を奪われた人々の苦しみを知り、胸に刻むことが戦争を拒み続けていく力になるのだろう。
 本作は、南京事件と沖縄戦とのつながりに触れることによって日本が沖縄戦へと至る道筋も描き、満州事変に始まるアジア太平洋戦争(1931~45年)を大局的に見る視点を与えてくれる。
 8月16日から29日まで、東京・K's cinema(ケイズ シネマ)で公開。大阪・第七藝術劇場で上映決定。
 作品の公式ウェブサイトは、こちら

Ⓒ Yoshikazu Hara 2025
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